やばいな。やばいぞ。一日が終わろうとしている。どうしよう。
何がって、そら、家が分かって無いってことがですよ。
幸い財布はある。今日はネカフェで一日を遣り過ごすか?いや、補導ですよね。無理か。

「よし、終礼終わり。号令ー」
「起立ー、礼」

「有難う御座いましたー」と皆が一斉に頭を下げ、次の瞬間には部活へ向かう者、遊びに行く者、家へ帰る者とそれぞれの準備で騒がしくなる。

ー、ちょっと職員室まで来てくれ」
「私?・・・はい」

荷物をまとめ、仁王と丸井君に「部活頑張ってねー」と告げると教室を後にする。

さーん」
「ん?なにー?」

教室から顔を出した丸井君に首を傾げれば、「職員室、逆ー」と笑顔で教えられた。
そうだ、私職員室の場所知らない。何処へ行こうとしてたんだろう。

「一緒行こうか?」
「いや、大丈夫でしょ。職員室って何階?」
「二階」
「じゃあ、適当に探すよ」
「大丈夫なんか、それ」
「死にはしない」
「さっすがー」

丸井君のお褒めの言葉を背中に受け、私は今度こそ職員室への向かった。





「これ、印鑑一か所抜けてるんだよな。ここだけ印鑑押して、明日また持ってきてくれ」
「あ、はい」
「それだけだ、帰って良いぞ」
「はい、失礼します」
「あ、
「・・・?」
「その年で一人暮らしは正直楽じゃ無いだろうし、事情があるのは分かってるんだが、何かあれば直ぐに言えよ?」
「・・・はい」
「気をつけて帰れよ」
「有難う御座います」

軽く頭を下げて、振り返るとそこには一人の生徒が居た。
この子も呼ばれたのかと、チラリと見遣れば、

「切原・・・赤也」
「あんた・・・」
「お、来たな切原。お前、このままじゃ笑えないぞ」

何事も無かったかのように、切原の横を通り過ぎ快適な温度に保たれた職員室を後にする。

「一人暮らし・・・」

渡された資料には、私の現住所が書かれていた。
やはり上手く出来ているなと思わずには居られなかった。
家は無事にあることが分かった。しかし、この住所を見ても私には『ああ、あそこか』と検討が付かないのが問題。
これはどうしたものか。

「勘で帰るのには限界があるよね」

上履きから外靴へと履き替え、夕日に照らされる運動場へと出る。
四方から聞こえる掛け声に、視線を移して行けば見覚えのあるジャージを見つけた。

「テニス部だ」

そうだ、忘れもしないあのジャージ。立海テニス部だ。
どうせ道に迷うならと、少しだけテニス部を覗いていくことにした私は、ゆっくり一際騒がしいコートへと向かう。

「ファンクラブは無い、ね」

あるだろ、このお嬢様方の数を見れば無いはずが無い。
丸井君は兎も角、仁王は分かってて言っていたに違い無い。
人の壁が出来あがったそこから離れ、観客のほとんど居ないコートへと移動して、遠目にレギュラーである彼等を観察する。
知ってはいたけど、やっぱり人並みはずれたスピード、ジャンプ力、そして、あまり見えないけれど繰り出される技は確実にポイントへと繋がっていく。

「なにやってんスか」

誰か走ってんなって思ったら、やっぱり予想通りの人物。
一応、敬語で話してきたので私も返事をしてあげよう。

「・・・観察。君こそ、何やってんの」
「走ってるんスよ」
「ふーん」
「レギュラー見たいんならあっちの方が見えますよ」
「見えないよ。人の山で」
「こっからよりは見えるでしょ」
「ギューギューになりながら見たくは無いから」

肩を竦めて言えば切原は納得したようだ。
そう言えば切原がいつから走っているのかは知らないけれど、一切息が乱れていないことに気付いた。

「流石、レギュラーってことか」
「は?」
「独り言ー」
赤也!休むのは早い!
「ウィースッ! あ、まだ居ます?」
「少しだけ」
「んじゃ、・・・」
赤也!
分かってます!ちょっとそれ貸して下さい」

良いとも駄目とも言って無いのに、切原は私の手に握られた資料を取るとザッと見て、一瞬目を見開き、「待ってて下さい」と言うと、走り出した。

「ちょ、それ返して!」
「待ってて下さい!」




「仁王・・・」
「ほい、赤也君からのお届け物」
「どうも」
「お前さん、そのまま部活終わるまで待っときんしゃい」
「なんで?」

仁王から先程奪われた資料を受け取り、さぁ帰ろうとしたのだけど、仁王からの思わぬ申し出に怪訝に思わない訳が無い。これ以上此処に居る理由は無いし、遅くなれば家を探す時間も遅くなり、空だって暗くなるし、良いことは無い。

「赤也君に頼まれた」
「・・・」
「お前さん一人暮らしなんじゃろ」
「・・・そうですけど」
「一人で帰るのは危ない」
「って切原が言ったの?」

信じられないと仁王を見れば、彼は何も答えなかった。
夕日が仁王を照らし、やたら絵になっている。むかつくイケメンだ。中学生なのに!

「送ってくれるって?仁王が?」
「208号」
「・・・私は206号ですけど」
「俺が208号」
「・・・ご冗談」
「終わるまで待っときんしゃい」

否定してくれなかった・・・。
家に帰る問題は無くなった。でも、こんな展開って・・・見たことあるけど、そんなに世の中狭いもの?!
本当なら勝手に帰ってしまいたかったけど、道が分からない私にそんな選択肢あるはずが無かった。
夕日が沈みかけ、私の場所からレギュラーの姿が確認出来無くなってきた時、集合の合図が聞こえ、暫くすると「解散」そして「有難う御座いました」との声が響いた。
部活が終わったようだ。やっと家に帰れるんだ、仁王と言うおまけ付きだけど。
私はグッと背伸びして、固まっていた筋肉を伸ばした。



  


2010.10.02