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さんって高い場所平気?
そんなメールを受け取ったのは昼休憩の時だった。
土曜日と言うこともあり、心なし周りの空気はゆったりしていた。
「今日は綺麗に晴れたわね」
「昨日まであんなに天気悪かっただけに、週末に晴れると嬉しいですよね」
オーナーと國本さんの会話には窓の外へ視線を向ける。
子供の手を引き微笑む家族連れに、確かに天気一つで気持ちは左右されるかもと納得する。
それから、視線を携帯に落とし先程のメールに返事を返す。特に苦手では無いけど、と。
「さんって夕飯いつも作ってるの?」
「そうですよ」
「へえ、得意料理とかあるの?」
「うーん、得意って言われると微妙ですけど結構自分で自分の味付けは気に入ってます」
「良いね、それー」
「國本さんも自分で作ってるんですか?」
「まぁ、たまにはね。でもコンビニとか惣菜買ってくることが多いかも。そんなに料理得意でも無いし」
「それ高くつきません?」
「でも、料理が得意でも好きでも無いからね」
ははっと笑い、國本はお茶へ手を伸ばす。
同時に手元の携帯がブーッと震え、は携帯を開いた。
「そうだ、今日仕事の後ご飯食べに行かない?」
「え、ご飯ですか・・・」
「良さそうなお店見つけたけど一人はちょっと入りにくくてさ、一緒に行かない?」
「うーん」
家の冷蔵庫には何が残っていただろうかとは考える。
確か賞味期限が迫ったものは無かったはずだ。今日の夕飯もこれと言って決めてはいなかった。
ならば問題無いかとOKを出そうと思ったところで、携帯のメールを確認して口を閉じた。
「えっと、今日はちょっと用事が・・・」
「そっかー、じゃあまた今度誘うから一緒に行ってよ」
「はい、また誘ってください」
そう言ってから、は【了解!】とメールを送信した。
***
仕事を終え、携帯に届いたメールを確認する。
因みに昼間に届いたメールは【今夜時間空けてくれる?】だった。
「何処だっけか・・・」
メールには昼間の続きで、建物の名前と時間、そして其処へ来て欲しいとのメッセージ。
聞き覚えはあるが、イマイチ場所がわからないそれ。
は携帯でそのまま建物を検索し、ざっと頭にその位置を記憶する。
今からなら一度帰って着替えて迎えば丁度良い時間になるだろうと予想したところで夕飯はどうするのかと疑問が浮かぶ。
もし快斗が既に食べているのであれば、自分も何処かで済ませる必要がある。
【夕飯は食べて行った方が良い?】と、メールを打ちとりあえずは帰宅することにした。
それから、歩いて十五分程度で帰宅した。
職場はそこそこ近くにあるのだが、は快斗には三十分位の離れた場所と嘘を吐いている。
嘘を吐いている理由は仕事姿を見られるのが恥ずかしいの一つだけで、ばれたら困る訳では無い。
ただ、相手はあの怪盗キッドなのだ。
歩いて十五分圏内の花屋だと言えば簡単に場所が特定されてしまうのは目に見えている。
尤も、今以上に問われるようなことがあれば隠し続けるつもりも無かったがその様子は見られない。
「――今日は外食か」
家に着き、携帯のメールを確認しては呟く。
快斗に指定された場所は、高層ビルで中にはいくつもの店が入っておりショッピングモールのような場所だ。そこならば食事に困ることもまず無いなとは着替えを始めた。
窓の外は夕日が沈みかけており、はカーテンを閉め家を出た。
「お、満月じゃん」
見上げた空に浮かぶ真ん丸の月には笑った。
この前は三日月だと思っていたのに、もう満月。ここ何日か月を見ていなかったのかと気付く。
「これであってるよね・・・?」
指定された場所へは電車を使わねばならず両手で足りる程しか此方の世界では利用したことが無い為、の表情は硬かった。
携帯で調べた乗り換え案内と電光掲示板とを見比べ、間違いないと確信すると丁度良くやってきた電車へ乗り込んだ。
帰宅ラッシュの時間のようで座席は空いておらずは辛うじて扉の近くを確保して、息を吐いた。
目的の駅自体はそう遠くは無いため、少しの辛抱だとピタリと体を扉に預けた。
運良くが確保した方の扉は開くことなく次々に駅を過ぎ去る。
はぼーっと外を眺め、見慣れない時間帯の街の様子を観察した。
「え・・・」
スーッと視界の隅を霞めた白い何かには声を漏らした。
幸い誰かの耳に入るような大きさでは無かった為、注目されることは無かった。
(あれって快斗君?)
距離があるだけに確信は無かったが、この時間にあれだけ真っ白でここからでも良く見える程の大きさの鳥などそうは居ないだろう。
(今日は満月だから仕事だったとか?)
土曜日である今日は、快斗の学校は早い時間に終わっているはずだ。
態々遅い時間を指定したのは彼の仕事が完了する時間を考えての指定、そう考えるとしっくりきた。
「・・・っ!」
考えに耽っていたところで、電車内が騒がしくなりは降りる駅だと気付き慌てて荷物を持ち直した。
改札を抜けて、少し歩けば高層ビルが姿を見せた。
【着いたよ】とメールを打ち、は自動扉の中へと歩を進めた。
暖かい空気が体を包み、はほっと息を吐く。そして、ポケットの中で震える携帯に気付き手を伸ばした。
「もしもし」
「あ、さん!ナイスタイミング!今何処?」
「えっと、ビルに入って直ぐの場所だよ」
「そっか、んじゃ先にが良いかな」
「え?」
「悪いんだけど、そのまま最上階まで来れる?」
「最上階?良いけど、最上階の何処に行けば良いの?」
「来てくれれば後は俺が案内するから」
「分かった」
「んじゃ、待ってる」
プツリと切れた電話をポケットにしまい、はエレベーターを探した。
この辺ではずば抜けて高さのある高層ビルだけに、人気らしく、エレベーターも混雑していた。
「一人になっちゃった」
何度も停止しては数人が降り、最上階へ着く頃にはエレベーターには一人だけが残されていた。
そんなも静かにエレベーターが停止すると、四角い箱から出て周りをきょろきょろと見渡した。
「お客様、何かお探しですか?」
「え、いえ・・・あの友人と待ち合わせで」
「おや、それではご案内しますよ」
何処へ案内すると言うのだろうかとは疑問を抱きつつも、ビルのスタッフらしいその人物に続いた。
「あの、私は最上階で待ち合わせを・・・」
「良いから、さあ、どうぞ」
そう言ってスタッフはを非常階段の方へと差し向けた。
「いえ!ですから!」
「シッ!ここはスタッフ専用なんですから大きな声を出さないで」
「だから私はこっちに用事なんて無いんです!」
「言ったでしょ?案内するって」
そう言ってウインクして見せたスタッフにはハッとした。
「快斗、君?」
「どうぞこちらへ、さん」
間違い無かった。
何でこんなややこしい真似をするのかと問い質したかったが今は目立つとまずいだろうとは大人しく施された。
快斗が向かったのは屋上だった。屋上への扉を開けると強い風が二人を容赦無く襲う。
怯んだの背を快斗は静かに押して、扉を静かに閉めた。
「快斗君・・・吃驚したじゃん。変な人かと思ってかなり焦った」
「ははっ、すみません。誰かに見られたら困るし、スタッフに化けるのが一番手っ取り早かったんだ」
「だったら事前に教えてくれたら良かったのに」
「マジックはタネを明かしたら詰まらないだろ」
「マジックじゃないでしょ・・・あれは」
「まあまあ、説教は後でゆっくり。今日は見せたいものあったから呼んだんだ」
スタッフの姿から一瞬で真っ白な怪盗の姿へと変わって見せた快斗ことキッドはの手を取ると歩き始めた。
は初めて見る快斗のその真っ白な姿に目を丸くして、手を引かれているのも気付かずまじまじと上から下まで何度も視線を動かした。
(怪盗キッド、だ・・・)
「ほら、さん!」
「え」
「あなたに見せたかったのはこれです」
そう言ってキッドはの手を放すと大きく両手を広げた。
は自分の髪を押さえ付け、キッドの示している其処へ視線を向けた。
「わぁ・・・凄い・・・」
「此処があなたの住む街ですよ、御嬢さん」
「綺麗・・・」
「そう言って頂けて嬉しいです。連れて来た甲斐がありました」
キッドは嬉しそうに微笑み、の視線の先を指差した。
目の前に広がる壮大な景色は、この辺り一帯が優に見渡せるものだった。
「あそこ、あれが東都タワー」
「あ、本当だ」
次から次に、あれは何だ、あれは何処だとキッドが説明して見せ、は何となくではあったが地理を把握していく。
「そして、あの辺りがあなたの家ですよ」
「え・・・分かんない」
「あの緑から赤に光っている建物があるでしょう。あの近くにあなたの家があるんです」
「そうなんだー」
「・・・さて、そろそろ戻りましょうか。体が冷え切ってしまう」
「あ、そうだね。寒くなってきたね、流石に」
「キッド!」
「え・・・」
がキッドを振り返ると同時に、バンッと大きな音を立てて屋上への扉が開いた。
そして、其処に姿を見せたのは小さな探偵、江戸川コナンだった。
「・・・名探偵、どうして此処へ?」
「偶然ここに来ててな、窓の外に悠々と飛んでやがるおめぇを見つけたんだよ」
「それは運が悪かったな。だが、今夜は何も盗んじゃいない」
「どうだかな。だったら何をやってたんだよ、こんな場所で」
コナンの目が鋭く光り、は不安気にキッドを見た。
そんなの動きに気付き、コナンが身を固くした。
「誰だ!キッドの仲間か!」
「名探偵・・・此方の御嬢さんは私よりも先に居た先客ですよ」
「先客?」
「そう、だからそう怖い目で睨み付けないで頂きたい」
「・・・」
「これ以上此方の御嬢さんに怖い思いをさせたくも無い。私は立ち去るとしましょう」
「待てキッド!」
「またな、名探偵」
ボフンッと音を立てて、煙幕が辺りを包む。
「クソッ!」
「・・・」
悔しそうに白い影を睨み付けコナンは握りこぶしに力を込めた。
それから、の存在を思い出したのか慌てて笑顔を作り数歩距離を取った。
「え、えへへ・・・お姉さん、何でこんな所に?」
(完全に人が変わった・・・)
名探偵からただの小学生へと変貌したコナンには呆気に取られる。
「えっと、私は偶然居たんだけど・・・その、コナン君は一人で来てた訳じゃないよね?」
「うん、僕は蘭姉ちゃんと・・・え、何で僕の名前・・・」
「覚えてないかな?少し前にお花買いに来てくれたよね?」
「・・・あっ、あの花屋のお姉さん!」
「そう、あの花屋の者です」
「す、凄い偶然だね!あ、は、は・・・」
「本当にね。――それより、心配されちゃうし戻ろうか?お姉さんは何処に居るの?」
「お姉ちゃんじゃないけど、えっと十六階だよ」
「そっか、じゃあ一緒に行こう」
「う、うん・・・」
はコナンの手を取り、屋上を出た。
上手い事誰にも見つからず最上階に移動し、エレベーターで十六階へと向かい、そこでコナンを心配して探しに来ていた蘭と出会い、事情を説明したところでコナンを引き渡した。
「本当に有難う御座います!ほら、コナン君も御礼言って」
「あ、ありがとう・・・」
「ご迷惑お掛けしました」
「いえいえ、そんなこと無いですよ。体冷えちゃったと思うし風邪ひかないように気をつけてね、コナン君」
「うん・・・お姉さんもね」
作った笑顔を貼り付けたコナンは引きずられる様に蘭に腕を引かれ姿を消した。
はその様子を苦笑して見詰め、ポケットの中の携帯へと手を伸ばした。
「すぐに戻るから二十一階に居て、か・・・」
本日二度目の【了解!】だけの文章を送信して、は再び四角い空間へと足を踏み入れた。
***
目の前で頬杖をつく姿には思わず笑いが零れる。
「何でよりにもよって此処にあいつが居るんだよ」
「仕方ないよ、偶然だったんだから」
「はぁ・・・無駄に疲れたぜ」
「でも私は、月下の奇術師と名探偵の遣り取り見れて嬉しかったな」
「あんなに不安気な目してたのに?」
「あれは快斗君が心配で」
むっとしては顏を顰めた。
そんなに快斗は楽しそうに笑った。
「有難う。でも、俺はそう簡単に捕まらない。いや、絶対に捕まってやらねーさ」
「結構危なかったこともあるみたいだけどね」
「・・・それは――でも一度も捕まって無い!」
「当たり前でしょ。捕まってたら今ここで平然と食事出来てないもの」
「そうだ!ここの料理美味いんだ!あの景色もだけど、ここの料理もおすすめ!」
「誤魔化した?」
「違うって!」
「まぁ、良いけどね。じゃあ、何かおすすめ教えてよ」
「ん、りょーかい」
自信満々の笑顔に、はつられて笑った。
(感謝してるよ、怪盗さん)
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