多少の違えはあれど、花屋に必要なのはやる気と根性。そして、スピードだ。
つまり、一度この世界を知っているにとって、問題なのは知識や経験では無く体力だった。
見た目とは違って花屋の仕事は体力勝負だ。水の入ったバケツを運ばなくてはいけないし、座っての仕事などほとんど無い。
毎日マッサージをしたって足はパンパンになるし家に帰り着いた頃にはぐったりだ。
それでも慣れればこれもマシにはなるのだから、一刻も早く慣れるに超したことは無いのだ。

「有難う御座いました」
「有難う御座いまーす!可愛いー!」
「ほんと、私が欲しいくらいだよ」

作り上げた花束を紙袋に入れてお客様に「お待たせしました」と差し出す。
花束を受け取った二人は紙袋の中を覗き込み、顔を綻ばせる。この瞬間にやっとほっとする。
は、二人につられるように表情を緩め「有難う御座いました」と頭を下げた。

さんの作ったのは評判良いし、スピードも速いから助かるわー」
「え、そうですか?」
「うん、やっぱり経験者だと助かるし、しっかりしたもの作ってくれるから安心して任せられるわ」
「ははっ、そんなこと無いですよ」
「ううんー、これならお店任せられるから久しぶりに長いお休み取れちゃいそう!」
「えー!まだ無理ですよ!」
「大丈夫!すぐにじゃないから!でも、近いうちに、ね。本当に良い人が入ってくれて良かったー!」
「本当、本当!さん何でも出来るから助かりますよね!」

嬉しそうに笑うのは、この店のオーナーの坂下結衣。そして、私の三つ年上の宇藤美沙さん。
更に本日は休みである國本祐希さん、この三人とでこの店は回っている。

「そろそろ一カ月経つけど慣れてきた?」
「はい、何とかって感じですけど・・・」
「まだ一カ月とは思えないですよねー!」
「いやいや、本当に必死ですよ。迷惑掛けないようにって・・・」

嘘では無かった。
経験はあれどブランクはあったし、それに自分の力がどれだけ通用するか分からない状況で、は毎日必死だった。
漸く最近になってやっていける自信はついたが、それは本当に最近のことで、まだまだ慣れないことばかりだ。
しかし、この店のスタッフはとても仲が良く、気さくな人間人ばかりなので緊張するのは最初の数日で済んだ。これは運が良かったと言えるだろう。

「それじゃ、配達に出てくるからお店よろしくね」
「はい、行ってらっしゃい」
「確か美味しいスイーツのお店が配達途中にあったから買って来るねー!」
「え、良いんですか?」
「私も食べたいもん!」
「わー!楽しみにします!」
「じゃ、行ってきまーす」
「はい、お願いしまーす」

坂下さんと宇藤さんを見送ると彼女の誕生日用にと注文を受けていた花束の制作を始めた。
ずらりと並ぶ色取り取りの中使う花の組み合わせを決めて、制作に取り掛かる。

「こんにちはー」
「はーい、いらっしゃいませ」

店内に響いた明るい声には制作の手を止めた。
顏を上げると、おそらく高校生位の可愛らしい女の子が立っていた。

「花束作って欲しいんですけど良いですか?」
「はい、御用途は何になりますか?」
「えっと、ちょっとしたプレゼントで・・・」
「そうですか、ご希望の御色などありますか?」
「うーん・・・」
「お渡しする相手は女性ですか?」
「はい」
「それじゃあ、その方のイメージは?可愛いとか大人っぽいとか何かありません?」
「そうだなー・・・」

女の子は首を捻り、考えるように眉根を寄せた。

「カサブランカ!」
「え?」
「カサブランカ飾ってたよ。この前行ったとき!」

元気いっぱいに声を上げたのは、女学生と一緒にやって来た小さな少年だった。
女学生を見上げ、一生懸命に口を開くその姿はとても可愛らしくの頬が無意識に緩んだ。
そして、は感心した。小学生でしかも男の子なのによく花の名前知ってるなーと。

「・・・よく見てたね、コナン君」
「うん、すっごく良い香りがしてたから何だろうって気になったんだ!」
「そっかー、それじゃあ、カサブランカありますか?」

女学生は少年から視線を上げを見た。

「・・・」
「あの・・・?」
「・・・っあ、はいっ、カサブランカですね!」

はっとして、は慌ててカサブランカに手を伸ばした。

「それを入れてもらって、上品な感じでお願いします」
「はい、分かりました。お時間十分ほど頂きますが、待たれますか?」
「あ、はい、待ってます。良いよね、コナン君」
「うん!」
「分かりました、では暫くお待ちください」

ドキドキと激しい鼓動を必死に抑え、は冷静を装い花を組み合わせる。
その間も女学生の視線を感じ――間違いなく彼女は毛利蘭、そして少年、江戸川コナン、正確には工藤新一――はとにかくいつも通りを心掛けてハサミを手に取った。。

「すごーい、あっと言う間に花束になっちゃうんですね」

癒奈の手元に注目していた毛利蘭が楽しそうに言った。

「ええ、こうやって花束にするとまたイメージが変わるでしょ?」
「はい、凄いですよねー。何年もやってるんですか?」
「そうですねー、それなりにってところですけど」
「お姉さんまるで魔法使いだね!」

江戸川コナンが無邪気な子供の様にに目を向ける。

「魔法・・・使い?」
「うん、あっと言う間にそんな綺麗なものを作り出せちゃうんだもん!」

そう言った少年は、ただの人懐っこい小学生にしか見えなかった。。
彼が高校生探偵、工藤新一だなんて考える人間はまずいないだろう。勿論、何も知らなければの話である。

「有難う。でも私は魔法使いよりもマジシャンが良いかな」
「マジシャン?何で?魔法使いの方が何でも出来るんだよ」
「だからかな。私は何でも出来る魔法使いにはなれないけど、練習を積み重ねた結果で誰かを驚かせたり喜ばせることが出来るマジシャンにならなれる可能性があるでしょ?」
「ふーん・・・」
「万人は無理でもこうやってやって来てくれるお客さんを喜ばせることが出来るならそれで十分かな。――はい、出来ました!」
「わぁ!素敵!これならイメージもぴったりですよ!」
「そうですか?良かったです」

とても嬉しそうに花束を受け取った毛利蘭は、代金を支払って何度も御礼を言った。
御礼を言うのは此方の方だと癒奈は笑って答えた。

「またお花が必要な時は絶対にここで頼みますね!」
「本当ですか?またお待ちしてますね!・・・あ、お店の名刺!これ渡しておくので、もし時間無くても電話で注文も出来るんで――君も、もしなにかあれば是非ご贔屓に」
「あ、・・・うん」

何故自分にまでと戸惑いつつも江戸川コナンは名刺を受け取った。
もしかしたら工藤新一として花が必要になることがあるかもしれないし、その時にはサービスしちゃうから是非うちで頼んで欲しいな、等と言うの思惑を知るはずも無く、彼は手を引かれながら店を出て行った。

「・・・まさかの出会いだったけど・・・二人とも可愛いなー」

二人の姿を見送ると、いつの間にか緊張は消え去り、それは偶然にも出会えた喜びに変わっていた。
それから程無くして、配達から帰ってきた二人が約束通り甘いスイーツを買ってきており、店を閉めた後にペロリと平らげ、早々に帰路に着いた。

「また来てくれるかなー」

空を見上げて、細い三日月に呟く。

「誰が来てくれるって?」
「快斗君!」
「よっ、お疲れさん」
「いつから居たの?!」

は目を丸くして快斗を見たが、当の本人はの反応を楽しむように口の角を上げていた。
真後ろに居たにも関わらず物音一つしなかった。流石怪盗だ、とは感心した。

「快斗君も学校帰り?遅く無い?」
「あー、ちょっと幼馴染のとこに寄っててな」
「幼馴染って・・・青子ちゃん?」
「・・・そんなんまで知ってんのかよ、さん」
「ははっ・・・ごめん。勝手に知られたくは無いよね。言わないようにって思ってるんだけど、ごめん」
「別に良いけどよー。んじゃ、さんが来てくれるかなーって心待ちにしてる相手のこと教えてよ!」
「え、教えてって言われても今日来てくれたお客さんだから別にこれと言って知ってることは無いよ」
「ふーん、じゃあよっぽど良いお客さんだったんだ、その人」
「うん、可愛いお客さんだったなー。私のこと、魔法使いみたいだって言うんだよ」
「魔法使い?なんでまた、魔法使いなんか」
「花束を作ってる姿を見てね、すごーいって感動されちゃって」
「成程、それで魔法使いね」
「そう言うこと、可愛いでしょ」
「どうせならマジシャンって言ってくれりゃあ、お仲間だったのにな!」
「え・・・」
「なーんちゃって!」

快斗はケラケラと笑ったが、は言葉を発することが出来なかった。
何故なら偶然にもは同じような事を少年に言ったのだから。

「私は魔法使いよりもマジシャンが良いかな」

かっこつけて理由なんて述べてみたが、本当はただ彼と同じだったからなのだ。
それだけの理由でマジシャンを選んだのだ。




(怪盗キッド、君と同じだから。)






2013.01.22
本当に一緒だったら良いのになと言う理由だけ。
カサブランカは大輪のユリで、香りの強いものです。

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