理由は勿論原因も分からぬまま月日は流れ、気付けばトリップして一カ月が経っていた。
怪盗キッドこと、黒羽快斗はにそれはそれは良くしてくれて、学校だけに止まらず、怪盗と言う仕事もあるにも関わらず毎日の様にやってきては近所を案内し、最近の出来事やここ最近の流行を教えてくれた。
は一人暮らしするにあたって金銭面が不安だったが、家を詮索していると、今まで此方で生活していたは求職中だったようで、幾つもの求人情報ペーパーや履歴書、それにパソコンのブックマークにも求職サイトが登録されていた。
履歴書に貼られた証明写真を見たときは分かってはいたはずだが、本当に自分そのものの写真で、信じられない思いと共に、此方でやって行かねばならないのだと言う思いも更に強くなった。
更に見つけた家族写真から、家族までもがそっくりそのままであることが分かった。
姿は勿論のこと、書かれたメモには家族の名前があり、の家族と一文字も変わらず同じだった。

「そんでさ、その探偵ボウズが中々に面倒で、いーっつもどっから嗅ぎ付けてくんのか俺の脱出経路まで追いかけて来る訳」
「快斗君が苦手な相手なんだ、その子」
「苦手っつーか、厄介なんだよ。子供らしくねぇって言うか、子供じゃねーよな、アイツ」
「何それ、その子も快斗君みたいに厄介事抱えてるの?」
「ま、そうなんじゃねーかと俺は睨んでる」

楽しそうに口角を上げるその姿はきっと怪盗キッドとしての姿である。
彼は視線をテレビに移して、声を上げた。

「ここ、この前オープンしてでっけぇ絶叫マシーンがあるって噂になってるやつですよ」
「へぇ、私絶叫マシーンとかあんまり好きじゃないけど、遊園地とかは好きだし行ってみたいかも」
「・・・んじゃ、今度行きましょ!」
「え、ここに?」
「そ、さんっていつが休みなんです?」
「次の休みは・・・」

いつだったかと考える。
流石に無職での生活には限界がある為、は求人情報サイトや快斗との近辺探索の際に此方の世界でやっていけるような仕事を探していた。
そして、一人で散歩中に偶然目に留まった求人募集の貼り紙。

「そう言えば、順調です?その、花屋の方」
「うん、何とかってところだけど、経験もあるしやっていけそうかな」

の新しい職場は、何の縁なのか以前に続けることを諦めた花屋だった。
決して十分な給料では無かったが、過去の経験もあり、大企業では無い方がにとっては助かるのだ。
因みに、快斗には花屋で働くことは伝えたが仕事中の姿を見られるのはどこか恥ずかしかった為場所は秘密にしている。

「そっか、良かったですね」
「うん、もうちょっとすれば体も慣れてくるだろうし頑張るよ」
「やる気満々じゃないすか」
「どっかの誰かさんみたいに一度に二つの仕事を背負ってる訳じゃ無いからね、へこたれてらんないでしょ」
「・・・褒め言葉ですか?」
「好きに受け取ってくれて良いよ?―――ま、そんな訳だしさ、ちょっと行くの待っててもらっても良いかな?」
「そりゃ勿論!んじゃ、いつでも都合良くなったら教えて下さいよ」
「ありがとう」

ニカッと笑うこの姿は、高校生である黒羽快斗。
彼は時折、どちらの顏なのか分からなくなるような表情を見せ、その度には何とも言い知れぬ感情に襲われる。
きっと漫画でも見たことが無い、そのどちらの顏でも無い表情に戸惑っているんじゃないかと自分自身で推測はしているが、はっきりとした答えは見つけられないでいた。

「快斗君、夕飯食べて行く?」
「いつもすみませーん」
「思ってないでしょ、その顏」
「ははっ・・・分かります?」
「良いよ、良いよ、私はそんなんじゃ足りないくらい君にお世話になってるし」
「世話してるつもりねーけど」

快斗の言葉を無視して、夕飯の準備の為には立ち上がる。
世話をしてないと言われても、どう考えても世話になっているのは明白だ。
どこの世界に社会人にもなって毎日のように道案内してもらう人間がいると言うのだろう。
間違いなく一人だけである。

「はい、召し上がれー」
「お、今日はオムライス!いっただきまーす」
「いただきます」

毎回の事ながら、彼はとても美味しそうに食べてくれる。
は以前一度だけ、態と、苦手らしい魚を料理に出してみたが、その時でさえ笑顔だった。
ただし、箸のスピードは異様に遅く、きっとあれは彼の必死のポーカーフェイスなのだろうとは考える。
そして、そのばればれな態度に笑ってしまわない様に耐えるのが本当に辛かったのを思い出す。

さんって何でも作れるんですね」
「そうでも無いよー、快斗君来るから結構必死で料理覚えてるんだから」
「え?俺の為に?」
「そりゃ、レパートリー少なかったら嫌でしょ?御馳走するんだし、それ位は頑張らなきゃ」
「へー、さん優しーい!」
「はいはい、良いから食べなよ」
「そして、クールっすねー」
「・・・ねえ、快斗君」

が呼びかければ彼は視線だけを上げそれに答える。
食べるように指示したのはなのでその態度には何の不満も無く気にすることは無かった。
それよりもは、散々言うべきか言わないべきか迷ってきた一つの言葉を紡ぐ。

「敬語止めない?」
「へ?」

予想通りの快斗の反応を見ては苦笑する。
尤も、一カ月もの間、特に指摘することの無かったその言葉遣いに急に矛先を向ければ不思議がるのも当たり前である。

「別に良いけど、でもさん年上だし、それになんで今更?」
「今更と言うか、いつ言おうかなーってずっと思ってはいたんだけど・・・」
「言えなかった理由は?」
「・・・快斗君の警戒心を気にして・・・とか言ったら怒る?」
「・・・俺、警戒してました?」
「いや、分からないけど、警戒されて可笑しく無い人間でしょ、私」

自分で言っておきながら、耐え切れず快斗から視線を反らしてしまう。
トリップして来ましたなんて言葉を信じてくれた彼だったが、もし自分が快斗の立場であれば間違いなく警戒する。
嘘でも本当でも得体の知れない人間には変わりないのだから警戒しない方が可笑しかった。

さん」
「はい・・・」

呼ばれた声は鋭く、の声は緊張に震える。彼を怒らせしまったのかもしれない。

さん、」
「・・・」

二度目の呼びかけに恐る恐る顔を上げて快斗を見る。

さん、俺は天下の大泥棒、怪盗キッドだぜ」
「知ってるよ」
「これでもそこらの人間より頭は切れるし、観察力だって優れてるつもりだ、それに人を見る目には自信あるんだぜ」
「快斗君・・・」
「俺は仕方なしにさんの傍に居る訳じゃない。俺がさんを選んでここに居るんだ」

ニッと笑って見せたその表情、それはの心をゾワリと波立たせる。
怪盗キッドなのか黒羽快斗なのか分からなくなる瞬間である。どちらも彼であるのに。

「プロポーズみたいだね・・・」
「プロポーズ・・・?」
「・・・いえ、ごめん、嘘です、気にしないで」

きょとんとする快斗には頭を振って忘れてくれと頼む。
すると快斗は頭を垂らしたかと思うと肩を震わせ始め、は怒らせてしまったと表情を硬くした。

「・・・え、笑ってる?」
さん、俺があなたの心を盗む時は華麗にあっと驚く方法で盗んでみせますよ、何せ私は天下の大泥棒、怪盗キッドですから」

物凄くキザなセリフをさらりと吐けるのは、彼が今は快斗では無くキッドだからに違い無い。
歯の浮くようなセリフに呆気に取られたものの、はそれ以上に気になったことがあった。

「何それ、盗むって・・・怪盗さんは自分が盗まれる可能性ってのは考えないの?」
「怪盗が盗まれるか・・・」
「例え天下の大泥棒でも心は誰かに盗まれちゃうかもよ?」
「成程・・・それは面白い」
「――そうだ、怪盗さん一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」

もしかしたら叶うかもしれない願い。は淡い期待を胸に彼を見る。
彼は、不思議そうにその目を瞬かせたかと思えば、自信家の仮面を貼り付け口を開く。

「私に出来ることであれば何なりと」
「君じゃなきゃ出来ないんだよ、怪盗キッドさん」
「それは、一体」
「レディース、エーンド、ジェントルメェーン!さぁ、ショーの始まりだぜ!」
「・・・え?」
「って、言って欲しいんだ」
「それって・・・」
「うん、言ったことあるでしょ?」

知る人ぞ知るこの名台詞をは生で聞いてみたかった。
既にこの舞台は終了していると快斗の話で知った時、残念な思いと同時にあの時の彼は命を狙われたりととてもじゃないが平和的では無く、心配で眠れない夜を過ごさずに済んだことは有難いとも思った。
だが、やはりがキッドに一目惚れしたとも言えるあの名場面、そして名台詞には心残りがあった。
そして、ならばその台詞を本人が言ってくれないだろうか、そうずっと思い続けていた。

「いや、それはちょっと・・・」
「・・・ですよねー。流石に無理だったよね、ごめん」

思わず素の黒羽快斗に戻った彼に、は肩を竦める。
流石にこの願いは贅沢過ぎると自分でも思っていたは、潔く諦めスプーンを手に取り、止まっていた食事を再開させようとした。

「ゴホンッ」

態とらしい咳払いには視線を上げる。
すると何処から取り出したのか、快斗の右目にはモノクルがはめられていた。

「いつの間にそのモノクル出したの?」
「・・・シッ!お静かに。――レディース、エーンド、ジェントルメェーン!・・・さぁ、ショーの始まりだぜ!
「っ!!」
「ご満足頂けましたか?御嬢さっ・・・ちょっ、さん?!」

キッドとして完全に演じ切ってみせただけの為のその場面。
あまりの感動に一言も発することが出来ず、はただただ快斗を見詰めた。
そして、気付いた時には

「何で泣いてんだよ・・・」

困惑する快斗がポリポリと頬を掻いた。

「ご、めん・・・でも、・・・ありがとう、本当にっありがとう」
「どういたしまして、お嬢様」

そう言った快斗、いやキッドはの手を取るとそのまま口づけを落とした。
ピシリと固まったに快斗はクスリと笑った。

「顏、真っ赤だぜ、さん」
「・・・快斗君、本当にキッドなんだね」
「知ってるって言ったのはさんじゃねーか」
「でも、初めて見せられたもん、キッドのカッコ良さ」
「ははっ、そりゃどーも」




(このギャップも一々ドキドキさせられる)






2013.01.18
私の大好きなセリフでした!
やりたいこと思い付いたので、少しずつ進めていきます!

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