引っ越し初日、それ故、食べ物は勿論のこと飲み物すらまともな物が揃っていなかった。

「ごめん、とりあえずこれしか無かったんだけど・・・」
「あ、いや、お構いなく」
「・・・・・」
「・・・・・」

辛うじて置いてあった500mlのペットボトルのお茶を見付けると、床に緊張した面持ちで座る快斗の前に置いた。
その目の前から少し外れるようにして、も向かい合うように座った。
口を開こうとしたが、何から話して良いか分からずは何度も言葉を飲み込み、二人の間に沈黙が流れる。

「・・・」
「・・・」
「・・・っぁ、」
「あの、さっきの」
「え、うん?」

先に口を開いたのはだったが、それに重なるようにして快斗が口を開いた。
一度言葉を発してしまえば後は簡単だった。

「怪盗キッドって、なんで言ったんですか?急に・・・」
「あれは、」
「俺、マジックやるとキッドみたいとか言われることありますけど、さんも、それですか?」

ハハッと笑って、「でも、快斗みたいな性格のキッドとか有り得ない!って、付け足されますけど」と口を尖らせる快斗に、はただ静かに視線を送った。

(このまま、この流れに乗ってしまう方が良いのか、でも・・・)

「黒羽くん、あなたはキッドでしょ。似てる、じゃなくて、キッド本人でしょ」

ピシリと固まった表情、そして思考。

「はっ・・・はっ・・・俺が、キッド・・・って」
「証拠なんて無い。キッドを直接見たことも無い、でも間違ってないでしょ」

疑問形では無かった。の言葉は確定だった。
快斗は引き攣った笑みを浮かべながらも、静かに警戒した。

(ごめんね)

そんな快斗の心情が手に取るように分かり、は心の中で謝罪した。
彼を不安にしたい訳じゃない。怖がらせたい訳じゃない。警戒してほしい訳じゃない。

「黒羽快斗君、そして、キッド、あなたの秘密は誰にも言わない。その変わり、私の話を聞いて欲しい」
「・・・」
「そして、許されるなら力を貸して欲しい」

の言葉に快斗は無言で視線を向けた。己の全てを見透かしているようなの瞳が、大きく揺れたことに快斗は気付いた。
つい先ほど見た、困惑に揺れる瞳、それと同じだった。

「話を・・・」

快斗は、それだけを返した。
は頷くと言葉を一つ一つ選ぶように話し始めた。

「・・・私が、黒羽君が、キッドだと知っているのは、・・・本で読んだから」
「・・・え?」
「黒羽君が昨日出会った私は、やっぱり、私じゃない」
「だから、それはっ」
「打ちどころが悪かったんじゃない。私、どこを怪我したって?」
「・・・右腕と肩あたりに擦り傷が」
「そう・・・」

言うが早いかは着ていた長袖のシャツをグッと捲り上げた。
そこには傷一つ無く、女性らしい、触り心地の良さそうな肌があるだけだった。

「どう、これで分かった?因みに、私はマジシャンじゃない」
「・・・なん、で」
「別人だから、それだけよ」
「でも、」
「あのね、私も困惑してる。でも、これだけは分かってることがある。私は、トリップした。この、私の住んでいた世界では漫画だった、あなたの住む世界に」
「は?」
「漫画読むでしょ」
「え、・・・はい」
「その漫画の世界にトリップ。これが今の私の状況」
「え、そんな、冗談じゃ」
「だったら良いのにね、キッドさん」
「っ・・・」
「私、洗濯干してて、初めて眩暈を感じたの。生まれて、ね。そして、全てが歪んで、スローモーションで自分が倒れるのを感じてた。それで、次に目が覚めたらこの世界だったの」
「はぁ・・・」
「理解しろって言いたい訳じゃない。ただ、出来たら助けて欲しい。キッドである黒羽君だからこそ、助けて欲しい」
「どういう意味です?」
「勝手な考えだから不愉快にさせてしまったら申し訳無いんだけど、あなたにも人には言えない秘密があるように、私もこの世界で生きていく以上、一人では無理だし、だからってトリップして来たって言って何人が信じるか・・・」
「成る程、知るはずが無い俺の正体を知ってる以上、俺は信じないはずが無い、と」
「足りないなら、他にも情報はあるけど」
「いや・・・、十分信じてます。信じられねぇけど、信じてます」

うんうんと何度も快斗は頷いてみせた。

「秘密をばらすつもりは無い。と言うか、脅迫されたって口は割らない。だから、助けるも助けないも黒羽君の自由」
「・・・助けるって具体的には?」
「・・・えっと、こっちの地理とか、こっちでの常識とか、流行に事件に・・・あとは・・・」
「え、そう言うので良いんですか?」
「それ以外に何が?」

きょとんと見詰めてくる快斗には他に何かあっただろうかと首を傾げた。

「帰れるように情報探せとか、出生届とか住所とかの偽造、口座作ったり・・・とか」
「え、いやいや!そんな犯罪して欲しい訳じゃないよ!それに、多分だけど、元々此処に居た私のものがあるはずだから問題は無いと思う」

快斗の口から出てくる単語にはぎょっと目を見開き、ぶんぶんと大きく首を振った。
まさか、犯罪をさせられると思っていた快斗の思考も思考だが、どれだけ自分は無茶を言いそうな人間に見えているのかと不安にもなった。

「あ、成る程」
「確認はしてみなきゃだけど、昨日、黒羽君に出会ってて住所も伝えてるなら何の問題も無いと思う」
「じゃあ、俺が助けるって、一緒に地図見たり、歩いたり、テレビ見て情報加えたり、そんな感じ?」
「うん、そうかな」
「ふーん・・・」
「学生だし、キッドだし、忙しいだろうから、本当に暇で死にそうな時とかで良いし、面倒なら断ってくれて良いよ」
「よしっ!じゃあ、快斗って呼んでよ、さん」
「え?」
「それが俺からのお願い。さんの手伝いするから、俺からのお願い叶えてよ」
「・・・快斗、君?」
「んー、まっ、良いか!んじゃ、改めて・・・はい、手出して」
「え、うん」

差し出したその手を、ぎゅっと快斗の男の手が握ったかと思うと次の瞬間、真っ赤なバラが現れた。

「俺、黒羽快斗。よろしく、さん」
「・・・よろしく、快斗君」
「んっ!」

ニカッと笑った快斗に、の心臓が大きく跳ねた。





(これは、やばい・・・)






2011.10.05 
キッドとして出したい!何も先考えてないので、のんびり書いて行きたいなー!

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