妙に周囲の視線を感じるのもあっては困惑を浮かべる。

「それ、既に貰ってるんですが…」
「いいっ!問題無い受け取れ!」

口調は強かったが眉間には皺が寄り、怒っているよりは辛そうに見えは其れに手を伸ばした。
がそれを掴んだのと同時に笠松は手を離し、「さんきゅ!」と逃げるように走り去った。
周りから幾つか驚愕の声が上がり、は戸惑いつつも先日黄瀬から受け取ったものと同じ、男子バスケ部フリースローゲームのヘルプチケットなるものをポケットとしまった。

「今のってバスケ部の部長さんだよね?」
「うん、そう…」
「何貰ったの?」
「…文化祭の男子バスケ部のゲーム参加でお得になるらしいチケット」
「へー!良かったじゃん!」
「…うん」

声を弾ませる友人に、既に黄瀬からも同じものを貰っている事を伝えるかどうか迷いつつは曖昧に頷いておいた。

「…はぁぁぁぁ」

盛大に頭を抱えしゃがみこんだ笠松に周囲の人間は目を向ける。
暫く無言を続けた笠松は、まるで何事も無かったかのように立ち上がり歩き出した。
何だったんだ――そう疑問を浮かべる周囲を完全に置いてけぼりにして。





「笠松ー」
「あ?」

帰りのホームルームが終わり、笠松はスクール鞄と部活道具の入った大きめの鞄を掴み上げると席を立った。
其れを狙ったかのように声を掛けられ立ち止まればポンッと肩に手を置かれた。

ちゃんに手出すなって言っただろ?」
「は?」

意味が分からないと其の手を払い退け笠松は眉間に皺を作る。
払い退けられた手のことは気にも留めず、佐久は「でもさー」と言葉を続けた。

「さっきの休み時間、ちゃんに声掛けてただろ」
「……掛けてねーよ」

あれはが先に挨拶をしてきたのだ。
会話などまともにしたことも無い笠松だったが、は擦れ違えば律儀に挨拶をしており、笠松も其れに視線こそ向けなかったが「お、おう…」と中途半端な返事はした。

「けど何か渡してただろ」
「…見てたのか」
「偶然だけど、ちょっと注目集めてたから何やってんだって思えばお前が居たんだよ」
「…そうかよ]

あの時は自分の事でいっぱい過ぎて周りに目を配る余裕が無かったが、まさか注目されて居たとは――笠松は思わず舌打ちした。

「で、ちゃんに何渡してた訳?」
「…文化祭でやるバスケ部のゲームチケット…?」
「何で疑問形よ?」
「いや、ゲームで女子の代わりに男バスメンバーが挑戦するって言うチケットだから」
「ああ、ゲームそのもののチケットじゃねーんだ」
「そういうこった」
「それを何でまたちゃんに…って、理由は察しが付くけど、強制だった訳?」
「…森山がな」

苦々しくその名を告げた笠松に佐久は全てに合点がいった。
そして、先程払われた手をもう一度笠松の肩に乗せると悪戯っ子の様な笑みを向けた。

「今回は大目に見てやるけど、ちゃんに手出すなよー」
「出してねーよ、お前アイツの親父かよ」
「いや、お兄様」
「可哀想なこった、アイツも」
「えー、ひっでぇ!俺すっごく良いお兄様だろ!」
「俺なら絶対嫌だね」

大げさに反応する佐久にも三年もすれば慣れたと笠松は「もう行くからな」と肩に置かれた手を退け、教室を出て行った。
背中に向けられた「頑張ってー、笠松くーん!」と全く女になり切れていない佐久のその声に笠松は米神を引くつかせた。
部室までの道のりで、笠松は考えていた。
佐久に見られていたと言う事は他にも目撃者は居るのだろう。当たり前と言えば当たり前だった。
廊下の真ん中で、偶然出会ったを引き留めたのは自分だった。
いつもなら目も合わせず通り過ぎるのに「おいっ」と声を掛けてしまった時にはは勿論、笠松自身も驚いていた。
それから、不思議そうに足を止めたに笠松は意を決してポケットに入っていた其れを――森山から強制的に必ず配るようにと渡されたチケットだった――取り出し、押し付ける様にに渡したのだ。
既に貰っていると言うの言葉など気にも留めなかった。そんな事は笠松にとってはどうでも良かったのだ。一刻も早く、この女子に渡さなければならないチケットを処分してしまいたかったのだ。

「お、笠松。今日は遅かったな」
「ああ」

部室の扉を開けば、其処には既に森山の姿があり、大抵一番乗りしている笠松が後から来たことに不思議そうだった。
笠松は佐久に呼び止められた事を告げれば必然その理由を聞きたがるに決まっていると森山には頷くだけにして、ロッカーに乱雑に鞄を放り込んだ。

「お前ちゃんとチケット渡せよ」
「……分かってる」
「え…、もしかして渡したのか?誰に?!」

なんで今の会話で気付くんだと笠松は内心ぎょっとした。
渡せと強要したのは森山自身だったが、あの女性恐怖症とも言える笠松には流石に期待していなかったのだ。

「誰でも良いだろ」
「気になるだろ、お前が渡せる相手なんて特に!」

詰め寄る森山に笠松はボタンを外し掛けていた手を止めて、隠す理由も無いかと口を開いた。

「ちーっス!あ、笠松先輩に森山先輩!相変わらず早いっスね!」

盛大に開かれた扉から姿を見せた黄瀬に、笠松はそのまま口を閉じた。
森山は「黄瀬は今日は早いな」と返し、続けろと笠松に視線を向けた。

「後でな…」
「ん?何の話してんスか?」
「お前には関係ねーよ」
「えー!そいう言われる気になるんで教えてくださいよ」
「笠松がチケットを渡したのは誰なのかと言う話だ」
「…え、笠松先輩渡せたんですか…」

驚愕に目を見開く黄瀬を笠松は睨み付けた。
そして、態とであろう森山にも同じようにその視線を向ける。

「これ以上メンバー増える前に吐けば?」
「…だよ」
「…え、それってちゃん?」
「ああ」

頷いた笠松は、中途半端になっていたボタンに手を掛け一つ外した。

「成る程、ちゃんが居たかー」
「え…俺も上げましたよ、さんに」
「お前だったのか――別に良いんじゃね、被っても」
「…そうっスか」

其処について突っ込みたかった訳では無いのだがと黄瀬は言いたかったが、笠松のあからさまにこれ以上話を広げるなと言う空気に口を噤んだ。

「あれ、お前そう言えばそのちゃんと文化祭まで毎日準備があるって言ってなかったか?今日は無し?」
「……あっ!いつもの癖でこっちに来てた!危ねぇ!先輩、俺今日も文化祭の準備終わったら参加するんで!」
「ああ、分かった」

慌てて下ろしていた鞄を持ち直した黄瀬は、背を向けていた笠松に声を掛けると慌ただしく部室から飛び出した。

「…お前、全部ちゃんに渡したの?」
「ああ」
「…ま、良いか。お前に五人の女子はハードル高すぎるな」
「分かってんなら渡すなよ」
「一応だよ。キャプテンがやりませんは無しだろ。つか黄瀬も全部ちゃんに渡したとか言わ無いだろうな…」
「知るか」

ユニフォームに着替え終えた笠松は、バタンとロッカーを閉めると「先行くぞ」と中途半端に着替えていた森山を置いて部室を出て行った。







2013.11.14
笠松の女事情は察して頂きたい。必然の運命。

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