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表情を曇らせながら話す吉山の姿を周りはじっと見詰めていた。
集合を掛けられた放課後、華道部の教室へと向かうと既にそこには吉山を始めとした三年生の姿があった。
それからあっと言う間に二年、一年の部員が集まり吉山は重い口を開いた。
「宇野先生から頼まれて、華道部は文化祭で生け花体験を実施しなければいけないことになりました」
「え?このタイミングで?」
「そう、このタイミングでよ…」
驚く上原は当たり前のことだった。
何せ文化祭まで一週間を切っているのだ。新米である一年生だって一週間の準備期間で生け花体験の準備をさせることがどれだけ面倒なのかは言われるまでも無く分かった。
「断ったわよ、勿論。でも、茶道部もやるから華道部もやらない訳にはいかないって言う意見らしくてね」
「準備どうするんすか?」
「今からだと本当にぎりぎりだから大まかな部分は佐久に任せることになったわ」
「ははっ、頑張りまーす」
「で、一年は指導することはまだ出来ないと思うから前日と当日は準備に回って欲しいの。――分かってる、前日は制作でいっぱいいっぱいだと思うから二人、代表で犠牲になって」
「犠牲って…」
多田の呟きに「これを犠牲と言わずして何を言うよ」と吉山は不機嫌に返した。
一年生は周りと顔を見合わせ、声には出さずとも困惑していた。
「一応、俺らからの提案としては国本さんとちゃ――さんが良いと思ってる」
「私ですか?」
「そ、国本さんは他の子より経験あるし、さんは…俺の担当だったのが運の尽きってことで」
肩を竦めて見せた佐久だったが、「提案だから他の子でも勿論良いよ」と多田がフォローして少し話し合って欲しいと言う部長の言葉に一年は簡単に輪になった。
廊下を進み、明かりの漏れる扉に手を掛けた。
ガラリと音を立てて扉が開けば中にいた金色の髪が揺れた。
「遅れてごめん」
「大丈夫っスよ。部活の方終わった?」
「うん――今日のは出来そう?」
は鞄を昨日と同じ場所に置くと、黄瀬の手元を覗き込んだ。
昨日よりも簡単な組み立てである其れは、どうやら黄瀬でも可能だったようで完成品がそこそこの数積み上げられていた。
「今日のは余裕」
「そ、良かったねー」
は椅子を引き黄瀬の隣に腰を下ろした。
ざっとプリントに目を通し、完成品を一つ手に取り眺め、パーツと手に取ると書かれた通りに合体させた。
確かにこれはコツも何も無いなとは一応間違っていないかを確認し、黄瀬の完成品の上に其れを乗せた。
「部活何か緊急だったんスか?」
「…うん、文化祭で生け花体験を実施することなったの」
「え、このタイミングで急に?」
「そ、急に。先輩が頑張ってくれるみたいだけど私も頑張んなきゃなんだよねー」
「さんも教えるんスか?」
「ううん、私は準備だけ。でも、一年は私ともう一人だけでだから頑張んなきゃ」
「え、何で二人?二人しか一年居ないとか?」
「えっとねー…」
は大まかに先程の出来事を話してやり、一年の自分達には誰が適任かなんて判断出来ず先輩の提案を飲む結果となり、そしては前日当日と走り回ることになるだろうと予想していると息を吐いた。
「そりゃ大変っスね」
「でしょー。でも、佐久先輩が言うなら文句言えないよ。良い経験にはなるだろうしね」
「休憩出来んの?」
「ああ、うん。二年の先輩は居るし、他の一年も手伝うからね。あくまで一年のメインになっただけ」
「成る程…頑張って」
「ありがとー。――ってことで、私前日はバタバタだから、こっちスピードアップするよ」
完成した其れを先程より高くなった完成品の上に積み重ね、は少し離れた場所のプリントに手を伸ばす。
「ん?それは鳥羽と植木さんのっスよ」
「うん、知ってる。けど、こっちの終わるしやっておこうと思って」
「え、ノルマじゃないのに?」
「ノルマって勝手に私達が言ってるだけだし、どうせ最終的には私達四人の仕事だからね」
「そうだけど…」
「風邪ひいた奴が悪いなんて可笑しいでしょ。今日はまだこっちに時間取れるからやれる分はやっとく」
プリントから目を離し立ち上がったは、「Mは何処だ…」と呟き当たりを見回す。
ガタリと立ち上がったのは黄瀬だ。無言である方向へ向かうと段ボールを抱えた。
「これっスよ」
「あ、どうも」
「俺もやる」
「え、良いよー。部活行きなよ」
「さんの方が大変そうなのに自分だけ部活優先は出来ないんで」
「……そう言う意図は無かったんだけど」
「分かってるっスよ」
黄瀬は先程までが眺めていたプリントを拾い上げた。
「黄瀬君優しいね」
「女の子には優しくしろって言われてきたんで」
「誰に?」
「姉貴達に」
「ああ、そうなんだ」
座った黄瀬の身長はより低く、普段はまず見れない黄瀬の旋毛をは見詰めた。
それから、も席に着き、段ボールの中からパーツを二つ取り出した。
「さんって…」
「ん?」
「黒子っちと知り合い?」
「黒子っち?…あ、黒子君か、うん知り合い」
「やっぱり」
「何か言ってたの?」
「いや、海常に知り合いが居ることは教えてくれたんスけど、名前までは」
「ああ、本当に律儀に守ってくれてたんだ」
先日の黒子との会話を思い出し、は小さく笑った。本当にモテても良いと思うのに、と。
そんなを見て、黄瀬は「あと、」と言葉を続ける。
「緑間っちも知ってるんスか?」
「緑間っち…えーっと…あ、みどがね君」
「は?」
「あれでしょ、身長たかーくて、緑の髪の眼鏡」
「あー、それそれ!」
「うん、知ってる。みどがね君って呼んでたけど」
「みどがねって何スか」
「あだ名。緑間と眼鏡を足して割った」
「…あ、成る程」
聞いたことの無い緑間の呼び名に黄瀬はパチクリと目を瞬いたが、説明されれば納得できた。
曰く、そのあだ名を作ったのは本人らしく授業中に思い付いたそうだ。
「みどがね君プリント頂戴」
「ああ」
「…どうも」
緑間と同じグループだったは、英語の授業で使ったプリントを集めていた。
並ぶ英単語に考えることを早々と諦めていたは、目の前の目立つ髪色とチャームポイントと言っても問題無いでだろう眼鏡を交互に見比べた。
そして、思い付いたあだ名を授業終了間際にサラリと使えば彼は気付いていなかったのか手元のプリントを差し出した。
反応が無いのも詰まらないものだと思ったが、が再び休み時間にそのあだ名を使えば彼は大層不機嫌に口を開いた。
「センスが無いのだよ」
センスはあるだろう。普通に居そうな名前だし、とは思ったが嫌そうな顔をする緑間にニコリと笑い「これからみどがね君って呼ぶね」と告げたのだ。
「よく許可したっスね、緑間っち」
「んー、許可されてないけど呼び続けて粘り勝ちしたかな」
「あの緑間っちに…」
「黄瀬君も、そのっちって付けるの嫌がられなかったの?」
そう問うたに黄瀬は過去の記憶を手繰り寄せ、曖昧に笑った。
「みどがね君ってプライド高かったけど粘れば結構譲ってくれてたよ」
「意外っス」
「みたいだねー。私はバスケ部のみどがね君がどんなか知らないから、そう言う人だと思ってたけどね」
「元気してるのかなー」と声を弾ませただったが、ふっと思い出して時計に目をやると思った以上に時間が経っており、手を止めた。
「おっと!部活行かなきゃだ」
「あ、いつの間にこんな時間に!」
「ざっと片付けよう、ざっと」
完成品を壊れないように段ボールへと手早く並べ、テーブルの上に散らばったゴミ屑を集めゴミ箱へと捨てる。
そのまま鞄を取り上げ、は黄瀬を見た。
「オッケー?電気消しちゃうよ」
「ん、大丈夫っス」
ブレザーを羽織り、鞄を持った黄瀬を確認したところでは教室の電気を消した。
教室は作品を隠すために全てのカーテンが閉じられており、電気を消せば廊下の光だかが教室をぼんやりと照らした。
「鍵は私返しとくよ」
「あ、良いっスよ、俺どうせ職員室通るし」
「そう?じゃあ、お願いします」
一度扉を引き動かないことを確認すると、は黄瀬へと鍵を渡した。
黄瀬は、小さく頷き受け取るとブレザーのポケットへと鍵を滑り込ませた。
「あ」
「ん?」
「………」
「どうかした?」
「…頑張ってるさん」
「はい?」
「これ、あげる」
差し出された小さなチケットの様なものをは素直に受け取った。
【男子バスケ部 フリースローゲーム 女子限定チケット】と書かれたそれを見て、は首を傾げる。
「文化祭で男バスのゲームで特別にバスケ部員にヘルプを頼めるレアチケット」
「何それ」
「そのまま。息抜きに来た時は使うと良いことあるかもよ」
「ふーん、ありがとう」
「ははっ、来れたら是非やってって」
「りょーかい」
結構なレアチケットなんだけどなぁと黄瀬は心の中で呟いた。
バスケ部員に配られたチケットは、森山の用意したものだった。
「一人五枚!可愛い女子に配ること!」
「余計なもん作んなよ」
「笠松、お前俺の楽しみを奪うなよ」
「知らねーよ」
森山の説明はこうだ。
フリースローゲームは男子ならば成功率もそこそこだが、女子ともなればそれは確実に下がる。
しかし、森山は女子が参加しないゲーム程詰まらないものは無い!と豪語する。
そして、ならばと用意されたのが今回のチケットだった。
一人に五枚ずつ配れたそれは、女子限定で使えるものでゲームの際にバスケ部メンバーの手助けを得ることが出来る代物だ。公平を期す為、直接メンバーを指定することは出来ず番号の書かれたクジを引いてもらい事前に決めていた番号のメンバーが女子の代わりにゲームにチャレンジするのだ。
「つまり、カッコ良いとこ見せたいならスリーポイント、練習しとけよ」
ビシッと無駄に決め顔で言い放った森山に、メンバーは苦笑いしつつもその表情の裏で確実にスリーポイントの練習回数を増やす決意をしていた。
「一人に一枚とは言わなかったっスよね」
職員室へ向かいながら、先程渡したチケットを思い浮かべる。
五枚が真っ新なままポケットから出てきて、黄瀬は特に気にせずにそれを渡した。
しかし、丸々渡したところで彼女が五回も挑戦するのかは怪しかった。
それでも、一人に五枚渡してはいけないとは聞いていないし、五人も渡す相手を探さなければならない手間が省けたことで、黄瀬は鼻歌混じりに職員室の扉に手を伸ばした。
森山に言いさえしなければ問題無いだろうと黄瀬は口元に笑みを作った。
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