がやがやと賑わう教室で、の席の前に立った鳥羽秀敏は目が合うと「行ける?」と控えめに尋ねた。
は鞄を持ち上げると肯定して立ち上がった。
「明日からクラス制作終わり次第顔出すから」と華道部のメンバーに告げたのは昨日。
隣を歩く鳥羽の声にはチラリと視線を向ける。

「あと一週間で文化祭とか早くね?」
「うん、早い。鳥羽君は部活の方で何かやるの?」
「なんかゲームみたいなもんやるらしい。クリア出来たら景品貰えんの」
「へぇ、どんなゲーム?」
「バッドで十回まわって十秒以内にメダル立てれたらクリアってやつ」
「…それ成功出来るの?」
「先輩で成功した人居るし不可能じゃねーよ」
「女子は参加したく無いなー、それ」
「だろーな。良いんだよ、俺らはお遊びだし」

けらけら笑って鳥羽はとある教室の扉に手を掛けた。
「ちーっす」と運動部らしい挨拶をしつつ教室を覗いた鳥羽は「まだ来てねぇわ」と静寂に包まれた教室の電気を点けた。
人工的な光に照らされた教室には、所狭しと今回の制作物が並んでおり、それに二人は思わず「おー」と感嘆の声を上げる。

「出来るもんだなー」
「ねー、この前ちらっと来た時は気付かなかったけど」
「もう完成してるようなもんだな」
「うん、私達必要なのかな?」
「…寂しいこと言うなって」

適当に空いているスペースを見つけて鳥羽は鞄を置き、もそれに倣った。
それから、二人で周りをぐるりと見渡しているとガラリと音を立てて扉が開かれた。

「ちーッス」
「…よぉ」

鳥羽と同じように運動部らしい挨拶と共に顔を覗かせたのはEクラスの最終デザイン担当になった二人だった。

「宜しくなー」
「宜しくっス」
「宜しくー」
「宜しくー」

特に目立った個性も無い挨拶を済ませると四人は早速とばかりに、事前に用意されていた制作過程のプリントを広げ、其々の役割を決めることにした。

「んじゃ、とりあえずG-22、23のパーツとK-25、26のパーツを組み立てるのを終わらせよう」
「あ、じゃあ私はGの方やって良い?」
「俺はどっちでも良いけど、そっち二人は希望ある?」
「…私はKの方が良いかな。どっちも接合する時力要りそうだし、男女ペアが良いんじゃない?」
「あー、そうだな。じゃあ、…俺と組む?」

プリントからに視線を移した鳥羽に、は異論も無く頷いた。
それを見て、の向かいに居た植木亜子は「じゃあ私達は二人でKを…」と隣の男子に視線を移したが、彼は「いや、」と口を開いた。

「Gの方は高い場所に最後くっつけるんなら俺の方が良いと思うっス」
「…確かにお前でかいしな」
「あー、じゃあ私がKにして交代しよっか植木さん?」
「あ、うん…」
「いやいや、折角クラス合同で制作するんだしそこは敢えて分けないっスか?」

人の良い笑みを浮かべる黄瀬に鳥羽もも拒否する理由は見当たらなかったが、意味深に黄瀬を見詰める植木を見て、はこれはもしやと黄瀬そしてもう一度植木を見て確信した。

(チャンスだと思ってたのか…でも同じ教室で作業だしラッキーには変わりないのかな?)

植木と言う人間は空気が読めない訳では無いらしく、三人の意見が一致すれば特に文句を言うことも無く、鳥羽とペアを組み早々に制作に取り掛かった。

「じゃ、俺らもやりますか」
「うん、やりますか」

噂のエース様は結構話しやすい人なのかと思っていたよりも印象が良くなった黄瀬に笑いかけ、目の前に並ぶパーツを手に取った。
二人は、其々に同じようにパーツを二つ手に取るとプリントの指示通り、タコ糸を上手く使い二つを合体させる。
コツを掴むまでは出来たと思ってもばらけてしまったり、力が弱すぎて滑り落ちてしまったりと苦労させられたが十個目に取り掛かる頃には、はさっと二つを合体させて、タコ糸もほつれることなく積み上げられた完成品の上に乗せる。

「………あ、」
「…黄瀬君」
「これ難しいッスね」
「貸して…私がやるから、黄瀬君は出来上がったのを上の方にどんどん取り付けてくれる?どうせ私じゃ届かないし」
「あー…了解」

が十個目を終わらせたのに対して、黄瀬はまだ二個目であまりの不器用さに、埒が明かないと判断したは仕事を分担することを提案した。
黄瀬は自分との完成品の数の違いを見て、文句も言えるはずも無く頷いた。
そこから二人は黙々と作業に集中し、が合体させ、黄瀬がそれを高い位置に設置する。

「…ラストッ!」
「はーい、お疲れ」
「ん、とりあえずGはこれで完成ね」
「そうっスね」

頷いた黄瀬は最後の一つを手に取り、腕をぐっと伸ばし最後の一か所に設置する。
はそれを見守り「終わり!」と満足気に笑った黄瀬に頷き、勢い良く背後を振り返った。

「鳥羽君ー!」
「ん?」
「Gは終わったー」
「マジ?早くね?」
「私が本気を出したからね」

ふふんと顎を上げるに、鳥羽は「はいはい、すげぇよ」と軽く流したが、時計に視線を向けうーんと首を捻った。

「お前、華道部のもやるんだろ?」
「え、うん、そうだけど?」
「んじゃ、今日はもう良いんじゃね?明日また残りのNとMやるってことで」
「大丈夫?手伝おうか?」
「いや、数は一緒だしな。ノルマってことで俺らでやるわ。――植木さんもそれで良い?」
「うん、大丈夫」
「ってことなんで、お前ら帰って良いぞ」

そこまで言ってもらえるならばは有難く部活へ行こうと鞄を取りに席を立った。
黄瀬も同じように鞄を掴むと、「じゃあ、また明日」とにヒラリと手を振った。

「あ!黄瀬ストップ!」
「ん?」

今まさに出ていかんとする黄瀬を鳥羽が慌てて呼び止めた。

「メアド交換しとこうぜ、遅れるとかの連絡入れれるし」
「あー、そうッスね」

ポケットから携帯を取り出しながら黄瀬は鳥羽に近付くと、「俺が送る?」と操作を始めた。
見守っていたに「お前もだよ」と鳥羽に催促され、私も必要なのかと意外に思いながらも植木とさっさとメアド交換を済ませた。

「黄瀬君ともする?」
「いらねぇだろ、俺が知ってるし」
「そっか、じゃあ私部活行くね」
「おー、頑張れー」
「そっちもねー」

力無い応援にも力無く返し、ほぼ黄瀬と並ぶように廊下へ出た。
文化祭前で多くの教室が賑わいを見せており、廊下にも何処かの教室からの笑い声が響いた。

「じゃ、また明日」
「ん、バスケ部頑張ってー」

至って普通の挨拶を済ませ、互いに背中合わせに其々の目的地へと歩き出した。





次の日、朝礼前の教室は毎度のことながら賑やかだ。昨日のテレビやニュース、部活での出来事、話題が一番溢れている時間帯だった。

「結構荒れるって言ってたね」
「あー、夜でしょ。嫌だねー」
「えー、そうなの?知らないんだけど」

江川、桑野、と続き三人は灰色の雲を見詰める。今にも大粒の雨が降り出しそうだ。
落胆の溜息を吐いたは「折り畳み傘なんだけど…」と唇を尖らせる。

ー」
「…んー?」
「鳥羽からの伝言」
「鳥羽君?」

不思議に思いながら坂本から差し出された携帯に目を遣る。
画面に表示されているのは鳥羽から坂本宛へのメールだった。

「あらら…風邪ひいたんだ。りょーかい」
「おう」

パタンと携帯を閉じた坂本は、用件はそれだけだったらしくさっさと三人から離れた。
「鳥羽休み?」との江川の疑問に頷いて、は携帯を開き昨日登録したばかりの連絡先を探した。

(鳥羽君が風邪でダウンです。今日、植木さんはノルマ半分やってもらって残りは明日鳥羽君が責任持ってやるそうです。宜しくー)

これで良いだろうとはメールを送信した。
再び江川と桑野の会話に混じったは昨夜偶然見かけた電車での変わった人の話をした。

「それ何か勘違いしてたんじゃない?」
「そうかもー。でも堂々としてたし、声掛けれる感じじゃ無かったよ」
「今度見たら写メね!」
「嫌だよ!ばれたら盗撮みたいじゃん!」
「えー!めっちゃ見たいのに!」

電車内で写真撮れる程肝は据わっていないとは首を振った。

、光ってる」
「あ、」

チカチカと主張するライトはメール着信を告げるもので、は携帯を開いて内容を確認した。

「ありゃ…」
「どうした?」
「ん、…Eクラスの担当の女子も風邪ひいてて休みなんだって」
「えー、そうなの?じゃあ放課後直接…黄瀬君か、言ったら良いじゃん」
「そうだねー、そうする」

はそれで問題無いだろうと頷いて、メールにはお大事にと労りの言葉を返しておいた。





昼休みに訪ねてきたのは同じ華道部の北畑だった。
何でも放課後先輩達が呼んでいるとのことで、終わり次第すぐに集合とのことだったがはそこで了承はしたが困っていた。

「黄瀬君に連絡入れる暇が無い」

放課後終わり次第隣のクラスに顔を出せば良いとは思ったが、いつ終わるかも分からないホームルーム。特に隣のクラスは長いことで有名だったし、そのクラスには華道部員が居ない。
ならば休み時間にと思ったが、生憎昼休みに訪ねたEクラスに黄瀬は不在で、五・六限目と生物室での授業のには再びEクラスを訪ねる暇が無かった。
仕方ないかと朝に声を掛けてくれた坂本を探し出し、は鳥羽のメアドを聞き出した。
事情を説明すれば、坂本はすんなり鳥羽のメアドを教えてくれては感謝の言葉を述べる。

「ありがとー」
「おー、鳥羽に愛のメッセージでも送ってやれよ」
「何の意味あんのさ、それ」
「喜ぶ、きっと」
「確証無いので却下」
「ははっ」

早速と鳥羽に事情と、黄瀬に連絡しておいて欲しいとの内容のメール送ったが、返事は直ぐに着て、それには黄瀬のメアドと「頭働かない、自分でメールして」との一文。

(明日来れるのか…)

一抹の不安が過ったが、それは明日にならばければ分からないし最悪の場合はクラスのメンバーにヘルプを掛けてでも手伝ってもらうしかないとはとりあえず黄瀬へのメールを作成した。





集まっていた部室には、レギュラーメンバーを始めとした見慣れた顔が並ぶ。
黄瀬は、ズーッと音を立ててグレープフルーツジュースを飲み干した。
バスケ部の文化祭は、毎年恒例のフリースローゲームで決まっていた。

「じゃあ現役バスケ部はスリーポイントで良いか」
「それが妥当だろ」

森山と笠松の会話に耳を傾け、黄瀬もうんうんと頭だけを動かす。
「元バスケ部はどうするよ?」と続けた笠松の声と携帯が震えるのは同時だった。
黄瀬は慣れた様子で携帯を取り出し、登録されていないメールアドレスに首を傾げた。

(どっかから漏れたんスかねー)

黄瀬に知らないメアドから連絡来ることは初めてでは無かった。
何処から漏れるのかはおおよその検討は付くが、余程しつこい相手で無い限りは黄瀬がお決まりの定型文を返しておけば大人しかったので其処まで深く考えることはせず、メールを開いた。

「――あれ…」
「ん、なんだ黄瀬」
「え、いや…」

言葉を濁ます黄瀬に笠松は眉根を寄せた。
そして携帯を持っていることから其れに原因があると睨んだのは森山だった。

「女か!紹介しろ、どこの子だ」
「女ぁ?黄瀬ぇ…」
「え、いや…女ですけど…これって緑間っちが言ってた人だった様な」
「は?」

意味が分からないと笠松の声は苛立つが、森山は「誰だ?名前は?!」と騒ぎ立てた。

…」
「……って…その子華道部?」
「え?…あー、そんなことを言ってたかもっス」

森山に問われた黄瀬は、昨日の鳥羽の言葉を思い出した。
華道部の方でも文化祭の準備があるような話をしていたなと黄瀬は記憶に辿り着く。

「あー、じゃあちゃんか。その子がマネージャー候補だったとするなら、無理だ」
「え、知ってるんスか?」
「華道部だろ?佐久のお気に入りじゃ手出せねーよ」
「だからそもそもマネージャーはいらねーよ!」

佐久、その名前は聞いたことがあった。
クラスの女子が声色高めに話す時には良く出てくる名前だった。
あの森山が早々に諦めてしまうほど、その佐久と言う人は強敵なのかと黄瀬は気にはなったが、それ以上に気になっていたのはと言う女子だった。

(あの子がさんだったんスか…)

緑間の挙げた生徒が女子か男子かも分からなかった黄瀬は真剣には探していなかったが、まさか隣のクラスの生徒だったとはと単純に驚きだった。
それから、先日届いた黒子からの「先日のマネージャーの件ですが、教えてほしくないと言われましたので教えれません」と言う内容のメールも、もしかしたらのことなのでは無いかと黄瀬は思っていた。緑間が知っているならば可能性は低くは無かった。

(放課後聞いてみるか)

届いたメールには、最初に「です」と書かれ、次に少し放課後遅れることと鳥羽が休みだと言うことが簡潔に書かれていた。一度はさらっと流し読みしたが、と言う名前にピンッと来た自分の記憶力は褒めてやって良いなと黄瀬は思いつつ、には「了解ッス!」と一言だけを返した。







2013.11.05
黄瀬の回。

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