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文化祭の準備は順調と言えた。
これと言った大きなトラブルは耳にせず、放課後にチラリと作業場となっている教室を覗けば和やかな空気が流れており、はっきり言って順調過ぎる位だった。
今まで合同授業でしか見かけることが無かったEクラスの生徒が休み時間や昼休みにFクラスにやってくるようになったのも良い意味で変わったことだ。
「宇野君がさ、意識してないんだろうけどさりげなく手伝ってくれるんだよねー、やばーい!」
「へぇー、どんな人?」
「んー、サッカー部で髪がこれ位の長さで、目がちょっと吊り上がってて、背が…こんなもんかな。あ、八重歯が可愛い!」
「…全然分かんない」
「もー!今日放課後一緒に来て!」
「無理だよ部活の方の準備あるもん」
「少しだよ!あの人って教えたら解放するから!」
桑野の激しいプッシュには嫌々だったが頷いた。
ここ数日、桑野は放課後になると文化祭の準備を行っていたが、どうもそこで知り合ったEクラスの宇野と言う生徒が気に入ったらしい。
は本当に華道部の方の準備も忙しく、あと数日もすればクラス制作も最終段階に入る。――つまり、華道部に加えクラスの準備にも気を配らねばならないのだ。その前に少しでも華道部の方を片付けておこうと考え、最近のの帰宅時間はそこそこ遅いものだった。
桑野との約束通り、放課後に宇野と言う男子を一目見ては華道部へと向かった。
文化祭まで後十日と迫り、達は装飾に使う装飾品を作る日々を送っていた。
デッサン通りのデザインに仕上げるには今のペースでぎりぎりだった。
幾らか妥協する方法もあったが、現時点で其れをやろうとする者はおらず、皆許される時間ぎりぎりまで残っていた。
「一年、今日はもう帰りなよー」
「あ、わかりましたー!」
ひょこっと一年の制作場に顔を出した、部長である吉山は「十五分後に閉めるから」と声を掛けた。
それを合図に、それぞれが手元の片付けを始めた。
「ちゃん、私ちょっと用事あるから先帰るね?」
「あ、うん。分かった、気を付けて」
「うん、またね」
と並んで制作にあたっていた北畑はテキパキと片付けを済ませ、すぐ近くにあった鞄を掴むと周りに簡単に挨拶を告げ急ぎ足で教室を出て行った。
それを筆頭に、片付けを済ませたメンバーは次々に教室を後にする。
「ちゃん行こー」
「あ、うん」
片付けを終え、も鞄を掴んだ。
教室を出て、「終わるかなー?」「終わらせるんだよー」「先輩達の見たー?」と楽しそうに話す三人はそれぞれの下駄箱へ向かい、再び合流した。
そして校門を出ると三人は足を止めた。
「ちゃん気を付けてねー」
「うん、ありがとー」
「また明日ー」
「ばいばーい」
「ばいばーい」
伸びる影は街灯の光によるもので、太陽はとっくに沈んでいた。
いつもは一緒に帰る北畑は今日は一足先に帰宅した。その為、は一人だった。
こんな時間に一人で帰るのは初めてじゃないかと気付いたは、その事実に急に不安になった。
その時、近づいてくる足音にハッと警戒した。
「………」
足音のペースは早かった。
先程よりも大きく聞こえてくるその音にも負けじとも速度上げた。
「…っ、!」
「………」
(やばい、思ったより近い)
は表情を固くした。
「ちゃん!」
「っ!」
その声に思わず振り返ると其処に居たのは息の上がった森山だった。
は予想外の人物に目を見開いた。
「やっぱり――歩くの速過ぎ…」
「あ、すみません。怪しい人かと思っちゃって」
「…あ、俺の所為か。ごめん、怖がらせたかったんじゃ無いんだけど」
「い、いえ」
「一人なんだ、珍しい。佐久は?」
「佐久先輩は…まだ残っていると思いますよ?」
答えたに、森山は「え、そうなの?」と驚いたように聞き返す。
それには頷いて見せ、「でももう帰るとは思います」と付け加えた。
「そっか、じゃあ一緒帰ろう」
「え?佐久先輩に用事じゃないんですか?」
「いや、無いけど?」
「そうなんですか…」
「一人じゃ危ないって、な?」
「はぁ…、じゃあ、お願いします」
「りょーかい」
ご機嫌に頷いた森山は、の横に並んだ。
駅までの道のりは時間が時間なら人通りが多かったが、この時間になると片手で足りる程度の人間としか擦れ違わない。
確かにこれは一緒に帰ってもらって助かったとはちらりと森山を見た。
「ん?」
「……そう言えば、笠松先輩居ないんですね」
「ああ、今日は黄瀬と秘密の特訓してんだ」
「そうなんですか」
「うん、――ちゃんって黄瀬知ってる?」
「知ってますよ、有名ですし」
「ああ、うん。そうなんだけど、そう言う意味じゃなくて」
「あー、黄瀬君はクラスが隣で合同授業の時に見かける程度です。話したこともありません」
「そっか。合同って体育?」
「はい、この前のバレーで黄瀬君大活躍してましたよ」
「だろうなー、あいつ何でも出来るんスとか言ってたし、生意気だろ!」
ケッと唇を尖らせる森山には肩を竦めた。
タイミング良く駅に到着しと森山は改札を抜け、これまたタイミング良くやってきた電車に乗り込んだ。
「森山先輩もスポーツ何でも上手くやっちゃいそうですよね」
「そう?」
「はい、と言うか笠松先輩もですけど、スポーツ万能そう」
「あー、まぁ運動部だしそこそこ?」
「体育祭とか凄そうですよね、海常って」
「……そこは否定しねーかな」
「否定しないんですか」
窓の外の紺色の世界に視線を向けていたは少し笑った。
「ご存じの通り、海常ですから」と同じように笑った森山には「そうですね」と返しておいた。
「あ、佐久は凄いよ」
「そうなんですか?」
「ん、あれで運動部じゃねーってのがムカつく位」
「そこまでですか…」
「楽しみにしとくと良いよ、色んな意味で凄いしアイツ」
おそらく体育祭のその様子を思い出したであろう森山はふっと笑い、立ち上がった。
車掌のアナウンスが森山の降りる駅名を告げ、「気を付けて帰りな」とに笑いかけ背を向けた。
電車から降りながらヒラリと手を振った森山には気持ち程度に頭を下げておいた。
そこから一駅、も荷物を持ち直すとのろりと席を立った。
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