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教室に着くと既に登校している友人の姿があった。
の登校時間は至って平均的であと十五分で朝礼が始まる。
「おはよー」
「おはよっ…お、髪アップしてるー」
「暑いもんねー」
挨拶に気付いた友人が視線を上げれば、いつもは胸元まで垂らしている髪を一つにまとめ上げたの姿に僅かに驚きながら、ヘアスタイルをよく見ようと体を捻りの後ろ髪を観察した。
「暑いよねー。もう無理だーってアップしちゃったよ」
「良いじゃんー。項がセクシーだよー」
「マジで?やったー」
が肩を竦めると、友人その2――江川奈美がからかいを含んで笑った。
それに便乗して、は項に手を当てて「大人の魅力全開ってやつ?」と態とらしく流し目をしてみせる。
「それ何でまとめてんの?」
「これ?クリップ――こんなやつ」
「ああ、くちばしクリップか」
友人に問われ、其れをスッと外して見せたはカチカチとクリップを開け閉じしてみせた。
それを見て、友人1――桑野智代が細かいクリップの名前を口にするとはそんな名前なのかとクリップを見て確かにくちばしの形だと納得する。
「これ楽なんだよね。すぐに外せるし」
「校則緩くて良かったねー」
桑野の言葉に全くだとは頷いた。
海常高校は校則が緩めだった。とは言っても、運動部が活発な学校であり、上下関係も厳しい。そして部活動内での規則も厳しい。それにより、校則の緩さの割には一般的な容姿の学生が多く、突拍子も無い姿をした生徒はほとんど見かけない。
の今回持ち込んだヘアクリップも学校が学校なら禁止されていただろう。
短時間で纏め上げることが出来るくちばしクリップを使用出来ることには本気で感謝した。
「じゃあ、鳥羽君とさんが最終デザイン確認担当で」
「うぃーす」
も頷き手を下げた。
一時間丸々使ってのこの時間は、来る文化祭のミーティング第三回目だ。
「えっと、それじゃあ明日から制作始まるんでさっきのプリント見てもらって、自分の担当がどの期間やるのか確認してください」
文化委員になった男子の声ではプリントに視線を落とす。
自分の担当は文化祭直前だなとリストに赤ペンで丸を付け、隣に【鳥羽君】とだけ追加書きしておく。
「どうしても参加出来ない日程がある場合は担当者同士で話し合ってもらって、それぞれの担当期間にはきっちり終わるようにお願いします」
「「「はーい」」」
「あと、Eクラスの方も今日担当決めるらしいんで、明日まとめてリストアップして配りまーす」
「「「はーい」」」
「時間無くて顔合わせとか出来ないんで時間ある人は上手く交流してくださーい」
「適当だな、おい!」
「喧嘩とか絶対しないようにー。仲良くお願いしまーす」
冗談交じりの男子の言葉にクラスメイトは子供っぽい返事をして笑っていた。
は華道部のことを考えた。
今年は学年ごとにテーマを決めて教室一つを貸切り、空間装飾を行う予定だ。
――「文化祭一週間前が勝負かな。前日はきっついよー」吉川は笑っていたが、隣に座っていた上原の盛大な溜息が聞こえてしまったはぞっとした。
一年である達は制作テーマは決定しており、現在はそれに合わせた花材やデザインを練っているところだ。
漠然としていたものが少しずつ形になっていく行程はには刺激的だった。
「きついかなぁ…」
一週間前から勝負だと言われた華道部。
そして、手元のプリントに書かれたスケジュール。の赤丸は文化祭一週間前を示していた。
早めに鳥羽に相談をしておいた方が良いだろう、そして華道部にも。はもう一度赤ペンで丸を付けた。
昼食後に体育って…、胃の中身が出るとはお腹を擦った。
体育座りで眺める先には白いボールを打ち付ける江川の姿がある。
「えっちゃんカッコイイー!」
「うわっ、痛そー」
強烈なスパイクを打ち込んだ江川に桑野が歓声を上げる。
それを受け止めたEクラスの女子の姿には顔を顰めた。
「あと一分か」
タイマーに視線を向けた桑野は余裕かなと点数を確認して鼻高々だ。
は、女子の奥で激しく動く男子をぼんやりと眺めた。
(ジャンプ力凄いわ)
男子の筋力はずるいと次々と飛び跳ねる姿を目で追い、唇を尖らせた。
「今のヤバイ!」
「写真撮りたかったー!」
「あ、まただよ!」
少し離れた距離の女子生徒の声がに届く。
どうやら彼女達が注目しているのは男子バレーの方で、誰かの動きに注目しては随一声を上げているようだ。
「イケメンは何やってもイケメンだねー」
「ん?」
「黄瀬君だよ、黄瀬君」
「…ああ」
流れる汗を拭い隣に腰を下ろした江川は、くいっと顎で噂の男子を指す。
男子の中でも背の高い黄瀬は直ぐに見つかる。
強烈にボールが打ち込まれようと平然と返し、バレー部員の「黄瀬ぇ!」と言う悔しさの混じった怒声が響く。
それにへらりと笑って、一瞬目を光らせたかと思うと強烈な一発を相手のコートに打ち込んでみせる。
「バレー部入ってもレギュラーでしょ、あれ」
「そうかもねー」
バレー部は金髪でも許されるのだろうかと黄瀬の無駄に目立つ頭をじっと見詰めた。
と佐久が二人だけで部活を行ったあの日から、部活が終わりに皆が帰路についてもは更に残り、佐久の指導を受けることが増えた。
そんな日は決まって佐久が駅まで一緒に帰っていたのだが、何の偶然なのかバスケ部である森山そして笠松と遭遇する確立が高かった。
相変わらず笠松はと目は合わせないし、会話も佐久もしくは森山経由と言う面倒な形でしかしなかった。
それでも話題は尽きず、聞かされる話によく登場する期待のルーキーとやらが隣のクラスの黄瀬涼太だと知ったのは最近のことだ。
彼の存在は言うまでもなく目立っていた。モデルをやっていると言うだけのことはあり、容姿は文句無しで、女子に対しての対応も悪くないらしい。嘘か本当かの噂も多く耳にはしたがはあまり興味が無かった。
ただ一つ、入学式のあの日、電車の中で見かけたイケメンが黄瀬涼太であったことだけは印象に残っていた。
「同じ学校…かな」
「え?」
「黄瀬君、同じ中学なのかも」
「えー!同じ中学で覚えてないの?!」
「うーん…何かモデルで騒がれてる人が居た気はするんだ。だから黄瀬君だったのかなーって」
「…もっと興味持って」
「あはー…」
目を泳がせるを桑野は小突き、「興味無いものへの関心の低さが凄いわ、ほんと…」と江川の溜息交じりの声が頭に降ってくる。
居た堪れない空気の中に救いの様に集合のホイッスルが鳴り、二人から逃げるようには立ち上がり駆け出した。
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