放課後の廊下は静かだ。
静寂の中に響く音につられるようには扉に手を掛けた。

「こんにちはー」

パチンッと音が響き、振り返った姿に頭を下げた。
佐久は鋏をテーブルの上に置くと口の端を上げ「来た来た」と目を細めた。

ちゃん今日化学室で楽しそうだったねー」
「え、見たんですか?」
「うん、移動授業で早めに終わったから通りがかったんだよね」
「あ…そう言えば三年生の姿見ました」
「でしょー」

へらりと笑って見せ「何の実験だったの?」と問う佐久には「ヨーグルト作ってました」と嬉しそうに返す。
それに「ああ、ヨーグルト懐かしいねー」と笑って、佐久は「花はあそこの使うから準備して」と少し離れた場所にあるバケツに浸かった花を視線で示した。
は返事をして部室へ道具を取りに行き、指示された花を持ち佐久の隣に腰を下ろす。

「じゃあ、俺も同じ花でやってるから一回ちゃんの感覚でやってみて」
「……分かりました」
「緊張しなくて良いから。どれだけ分かってきてるか見るだけだから」

ポンポンとの頭を軽く撫で、佐久は腰を上げた。
立ち上がった佐久につられるようには視線を上げ、何度見てもでかいなと思うのだ。

「また、巨人とか思ってるんでしょ」
「思ってないですよ!でかいとは思いますけど!」
ちゃん小さいもんねー」
「佐久先輩がでかいんですよ、異常に。てか、この学校の平均が高過ぎます」

の言う通り、海常の身長平均は明らかに高かった。
以前、そのことについてが口を開くとそれに返事をしたのは吉山だった。
「運動部がこれだけ活発だからね、でかいのが集まるのよ」サラリと答えた吉山だったが、彼女も167cmの身長の持ち主で、運動部だからって訳でも無いと思うとは唇を尖らせた。

「この年頃はぐんぐん成長するしな。ちゃんも大きくなるよ。少しはね!」
「少しとか!少しじゃ嫌なんですけど!」
「小さい女の子は可愛いじゃん」
「それでも程々には欲しいですよ」
「ふーん、希望は?」
「160は欲しいですね。――今は153cmですよ」

佐久の視線から、身長を推測していると感じたは不満気に答えた。
それに対して佐久は「伸びるって、まだ一年生じゃん」ともう一度の頭を撫でる。

「ちょっと俺用事済ませてくるから、ちゃんそれ進めてて」
「分かりました」
「二十分位で戻ると思うからー」

扉に手を掛けたところで振り返った佐久に、再度「分かりました」と答えては鋏を手に取った。
バタンと扉の閉まる音が聞こえた時、は癖のある枝を一本取り上げ見詰めた。
入部初日に指導者の交代を希望したのはだった。
しかし、先輩達の説得により佐久の指導を受けるようになった
不安のままに部活は始まったが、佐久の指導に文句を言えるはずが無かった。
適格に指示を出し、が迷えば直ぐに声を掛けてくれた。
一か月経った頃だった。佐久がの呼び名をさんからちゃんへ変えた。

「見込まれたのよ」
「おー、やったな」

吉山と多田は笑っていた。
は驚きつつも素直に嬉しかった。

「つまり手加減無しだから覚悟しとけー」

言葉と裏腹に佐久の表情は緩かったが、はしっかりと頷いて見せた。
は佐久の作品が好きだった。華道を始めたばかりのには何が良いのかなんて言葉で説明することは出来なかったが、それでも佐久の作り上げる其れは毎回写真に収めた。
ある日、毎回熱心に写真を撮っているに隣の席で指導していた二年の上原啓太が声を掛けた。

さんって直感で良いものを感じ取ってんだろ?」

そう言われては目を数回瞬いた。

「なんか思ってたんだけど、さんが素敵ですねーって写真撮るのっていっつもよく出来てるのばっかりなんだよな」
「そうなんですか?」
「佐久先輩のは当たり前に毎回良いんだけど、それ以外の写真撮るのがやっぱりって思うのばっかりだからさ」
「言われても分かんないです」
「だろうな。だから直感で感じ取ってるんだろうなーってこと」

上原啓太の華道歴は長い。
それでも彼曰く、佐久の作品はずば抜けて凄いらしく席さえ空いていれば達の隣を陣取り、一年の指導をしつつも佐久の作品への注意も忘れない。
が上原の作品を初めて写真に収めてからと言うもの、彼は毎回聞いてくるのだ。
――今日の作品は保存してくれんの?
それに対して、欲しいと思えば写真を撮ったし、思わなければ「今日は大丈夫です」と答える。

さんが写真撮ってくれない時、やっぱり分かるのかーって毎回俺凹んでる」
「えぇ…そうなんですか…」
「うん、でもさんの直感は信頼出来ると思ってるからこれからも聞く。で、お世辞とか要らないから!」

彼は妙に真剣な表情でを見ていた。
其れに了承の意を示せば、上原はにこりと笑い「おー、ちょっとそれ入れるの待とうか」とチューリップを手に取った隣の一年生に声を掛け、から視線を外した。

「たっだいまー」
「…お帰りなさい」

の意識が引き戻された。
頭に浮かんでいたはずの上原の顔は完全に消え去り、目の前の佐久に塗り替えられる。





枝と花を新聞紙に包み、それを更に専用の袋へ入れたところで佐久が口を開いた。

ちゃんって電車?」
「そうですよ」
「そか、じゃあ駅まで一緒に帰る?誰かと帰るんなら良いんだけど」
「いえ、一人ですけど」
「じゃあ、一緒にね。ちょっと距離あるし暗くなっちゃったからさ」

スッと視線を窓へ向けて佐久は肩を竦めた。
外に見えるサッカー部専用のグラウンドは照明に照らされては居るが、その周りは真っ暗だ。
いつもならば他の一年と帰るのが恒例だが、今日は部活日では無かった。
「一回しっかりと時間取りたいんだけど今度の水曜日空いてる?」そう佐久に問われ、は迷うことなく頷いていた。
そして、今日はその水曜日であり、普段なら部活は休みなのだ。
つまり此処に居るのは佐久とだけである。

「よし、行こうか」
「はい」

部屋の電気を消し、扉を閉めると佐久は鍵を取り出し慣れた様子でガチャリと閉めた。
職員室に返さねばならないと言うことで、は佐久の後に続いた。

「おっ、笠松!」

昇降口で上履きからローファーへと履き替えていると姿の見えない佐久の声が響いた。
はトントンとつま先を地面に当てて鞄を持ち直した。
伺い見る様にずらりと並ぶ下駄箱から顔を覗かせ、佐久の姿を探した。

ちゃんこっちー」

手をあげて呼んでいる佐久を見つけては少しだけ歩く速度を上げた。
その時、佐久の隣に居る男子生徒が逃げるように距離を取ったことには気付き首を傾げる。
がっちりと首に腕を回された男子は、蛙の潰れたような声を出し、「離せっ!」と叫んだ。
あっと言う間に距離は縮まり、は佐久、そして逃げることが出来ずに眉根を寄せている男子生徒に目を向ける。

「こいつも一緒に帰るから」
「帰んねーよ!」
「………」
「どうせ部活終わって帰るだけだろ」
「森山と帰る!」
「森山ちゃん?じゃあ、森山ちゃんも一緒で良いじゃん」
「勝手に帰れよ!」
「あの…」
「あ、もうちょい待ってくれる?森山ちゃん来るらしいからさ」
「はぁ…」

それは良いが、いい加減その男を離してやってはどうかとは思う。
何が嫌なのか分からないが、彼はとても不快そうだ。とは一度も目が合わない。

「あれー、佐久じゃん。部活?」
「お、来たな森山ちゃん」
「こんな時間までとか珍しい」
「ん、ちょっと俺の跡取りの指導してたの」

「ね?」とに微笑み、佐久は漸く腕の力を緩め男を解放した。

「森山、こいつ一緒に帰りたいんだと。俺は先に帰っ――」
「もう一回首絞められたいの?笠松君」
「………」

笠松と呼ばれた男は今まで以上に顔を顰めた。
そんな彼を気にする様子も見せず、佐久と森山は昇降口を出た。
は一瞬、笠松を見てみたが掛ける言葉が思いつかず口を閉ざした。

ちゃん気に入られたんだー」
「そう、俺のお気に入りだからちょっかい出すなよ」
「失礼なこと言うなよ!俺のイメージが下がるだろ!」
「お前のイメージはそのままだよ」

佐久と森山の声は弾んでいたが、笠松は真逆だった。
は先輩――しかも男三人と言う慣れない状況に、口数少なく隣を歩く。

「バスケ部ってインハイそろそろだっけ?」
「そうそう。キセキの世代が一人入ったけど凄いよ」
「ふーん、生意気だとか言ってなかったか?」
「ああ、そうだったかも。でも、この前練習試合で負けてさー」
「マジ?負けとか珍しくね?」

ピタリと足を止めて、佐久は森山と笠松を見た。
それに合わせて二人も足を止めたので、も自然と足を止める。

「久々の負けだったな。でも必要な負けだった」
「…成程ね。良かったじゃん」
「ああ」
「で、何処に負けたの?試合したのとか知らねぇよ?」
「あ?まぁ、スタメンが出る予定無かったしな」
「引きずり出したんだー。良いねー、楽しそう。で、何処?」
「誠凛」
「誠凛…って――」
「あ、東京のですよね?」

黒子の学校だと気付きは思わず口を開いていた。
三人の視線がに向けられたが、笠松はハッとして一瞬で反らした。

「知ってるんだ?」
「はい、知り合いが居るので」
「そっか。その誠凛に俺らは負けた。今はリベンジに燃えてます」

淡々と森山は言う。
すぐ横を勢い良く自転車が通り過ぎ、四人は一斉に歩き出した。
駅に着くと、佐久は逆方向の電車だからと別れた。
は、森山と笠松が同じ方向だと言うことで一緒に電車に乗り込んだ。
森山は「部活楽しい?」から始まり「佐久の失敗談とか無い?」と次から次へと話題を振ってきた。

「俺ら此処で降りるから」
「あ、はい」
「気を付けて帰りなよー」

笠松が立ち上がり、森山も続いた。

「あ、有難う御座いました」
「またな。――笠松、」
「…気を付けて帰れよ」

電車から降りた二人の背を見送って、はスマホを取り出した。

(笠松先輩初めて返事してくれたよね)







2013.10.29
口調分かんないです。森山の口調分かりません。

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