流れ行く景色をぼんやりと眺め、は出来るだけ意識を外へ向けようとした。
良い天気だなー、でっかいワンコだー、帰ったら宿題しなきゃな――気持ち悪い。

「………」

の目は虚ろだった。
胸元のボタンに手を伸ばし、一つ外した。息苦しいのだ。

「…っ」

日曜日と言うこともあり、人が多いことは予想していた。
しかし、それが予想以上だったことは否定しないでおこう。
電車に乗り込んだ時は席は埋まっていたが立つスペースは十分にあった。
は扉の真横を陣取り、そこに落ち着いていた。
しかし、三つ目の駅で乗客数が一気に増えた。それにより、は押されるように扉から離れた。
それでも出来るだけ近くに居たいと踏ん張った結果が、扉の真横を陣取った人物の隣だった。
の乗った電車は快速で、速いが次の駅までが遠かった。
人口密度が増し、室温が上昇し、大して高い身長ではないにはなかなか辛いものがあった。
扉の真横の人はの方向を向いてはいたが、イヤホンを付けのもっと奥を眺めている様子だった為、はその人の肩越しに外を見詰め、深呼吸をしてみた。
それから、目を閉じた。

「っ!」

トントンと触れらた感覚には目を開いた。
どうやら目の前の男がの腕に触れたようで、こちらを見ていた。
何だと目だけで訴えれば、彼は少しだけ微笑みの手を引くとぎゅっと抱き締め、くるりと回転した。
唖然とするからすぐに身を離し、男はの後ろの壁に手をついた。
つまり簡単に言えば壁と男に挟まれた状況だった。

「大丈夫?」
「…はい?」

男はやんわりとした動作で耳からイヤホンを外すと、扉の上の方へ視線を向け「あと五分くらいだから」口を開く。
男の視線の先には路線図があるのだろう。
はやっと男が自分を助けてくれたのだと気付いた。
自分の顔色が悪いのかは分からない、呼吸が荒かった可能性はある。
何にせよ、男はそんなの不調に気付き態々角であるその場所を譲ってくれたのだ。
そしてご丁寧に、壁に手を付きを守るように立っているのだ。

(何このイケメン…)

どこの漫画の世界だ、おい。とは思った。
男の言う通り、五分程経った頃電車が止まった。
溢れ出るように電車から人が降りていく。そんな流れに身を任せるようにも電車を降りた。
比較的人の少ない場所へと出て足を止めた。空気を大きく吸った。

「あそこ空いてるから座ったら?」
「…あ、」

てっきり電車に残ったままだと思っていた先程の男が空いている椅子を指差していた。
そして、男はそのままの前から早足で去った。

「………はぁ」

は大きく息を吐いた。
まさか電車で人酔いするとは思わなかったと、スマホを取り出し時間を確認した。
余裕を持って出てきたこともあり、集合時間には問題無く間に合いそうだ。
少し休んでから動こうとは一つ先のホームに到着した電車を意味も無く眺めた。

「大丈夫?これ、飲める?」
「…えっ」

差し出されたペットボトルはミネラルウオーターで飲めないはずは無かったが、それよりも差し出してきた人物には目を見開いた。
先程の男だったのだ。

「そこの自販機で買ってきたから冷たいし、飲んだ方が楽になると思うから」
「有難う御座います…」

はおずおずと受け取り、少しだけ力を入れて蓋を開けるとゆっくりと喉へと流し込んだ。
言われた通り、急に体が楽になったような気がした。

「大丈夫そう?」
「はい、もう大分マシなんで」
「そう、じゃあもうちょっと休んでから動くと良いよ」
「…そうします」
「じゃ、俺行くわ。無理すんなよ」
「あっ、お金払いますから!」

慌てて財布を取り出そうとしたに、男は手をひらひらと振った。

「要らないよ。勝手にやったことだしさ」
「でもっ!」
「…・んー、秀徳高校の高尾っつーんだけど、もし再会するような奇跡があればお礼して」
「は?秀徳?」
「ハハッ、またねー」

高尾は言うと同時に踵を返し、今度こそ本当に立ち去った。
はその背中をただ無言で見詰めることしか出来ず、電車に乗り込んだ高尾と、その電車が見えなくなるまで視線を外すことは無かった。
それから暫くして、もう大丈夫だろうと立ち上がり、本日の目的である生け花の展覧会場へと歩き出した。






黒子は手元の携帯を見詰め、さてどうしたものかと考えていた。

「なんだ、面倒なメールでも着たのか?」
「いえ、面倒では無いと思うんですが…」
「はぁ?」

特に隠す様子を見せない黒子の携帯を火神は覗き込んだ。
部活も終え、日は落ち空には星が見えていた。
ディスプレイの光に一瞬目を細め、その内容に火神は眉根を寄せる。

「黄瀬かよ。つかマネージャーとか探してんのか、あそこ」
「そうらしいですね」
「で、その誰か知り合いとか居ないッスかーにお前は心当たりあんのか?」
「…一人だけですが」
「居るのかよ!」
「居ますけど、何で驚くんですか」
「いや…別に…」
「お前らー、さっさと帰れよなー」

日向の言葉に黒子は「はい」と頷き携帯を閉じた。





震える携帯に気付いた黄瀬はポケットから其れを取り出した。
部活終わりでも元気の有り余る先輩達は相変わらず騒がしく、黄瀬の動きを気に留める者は居ない。
メール一件の表示にそれを開けば、そこには黒子からの返事だった。
本日の昼休憩で森山の嘆きがことの始まりだった。

「マネージャー…黄瀬、お前誰か良い人選無いのか?」
「え、…居ないっス」
「マネージャーなんて要らねぇだろ」
「要るだろ!可愛い女の子要るだろ!」
「マネージャー=可愛いとは限んねぇよ!」

笠松の女恐怖症は黄瀬にも伝わっていた。
そして、森山の女好きも同じくだ。
黄瀬は周りの女子を考えてみたが知り合っての日数を考えてみても、お勧めできる程の人物を知らなかった。
そもそも黄瀬のよく知るマネージャーは帝光バスケ部時代の桃井位で、彼女を基準にしてしまえばそれ以上もそれに近い優秀な人物も思い当たるはずが無かった。
しかし、森山は先輩だし一応は探してみるかと駄目元で黒子へとメールを送ってみたのだが、その返事は何とも微妙なものだった。

「心当たりが無い訳ではありませんが、勝手に教えることは出来ませんって何スか、もー…」

これなら無いと言ってもらった方がすっきりするし諦めだってつくもんだと黄瀬は盛大な溜息を吐く。
それに気づいたのは森山だった。

「どうした、溜息吐いて」
「いえ、黒子っちにマネージャーに良さそうな人知らないかって聞いたんスけど、居るけど勝手には教えられないって言われて」
「え!それ凄いよな!笠松!黒子のおすすめマネージャーだ!」
「はぁ?だから要らねぇって言ってんだろ!」
「誰だ?どこのクラスの何ちゃん?」
「…いや、だから教えてくれないんスよ」

聞いてんのか人の話とあからさまに落ち込む森山の姿に黄瀬は呆れた。
その時、再び携帯が震え黄瀬は手元へ視線を落とした。

「あ、」
「何だー、名前分かったのかー」
「いや、それを教えても良いのか今度聞いてみるって」
「マジか!良い奴だな黒子!流石ミスディレクション!」

言ってる意味分かんねぇーと黄瀬はハハハと笑っておいた。
そして、携帯をポケットへ戻そうとした時、其れは本日三度目のメール着信を伝えた。

「知らないのだよ。…が海常だろう。――?」
「何の話してんだよ」
「緑間っちからのメールっス。一応、緑間っちにも聞いてみたんスけど返事がこれだけなんで、よく分かんないっスね。とか知らないし…」

緑間が伝えてきたが男なのか女なのか、それがマネージャーとして勧めてきたのか、情報源として使える人物だと言う意味なのか、黄瀬には全く分からなかった。
ただ、緑間が何かしらマネージャーへ繋がる人物として伝えてきたことだけは間違い無いだろうと、と言うその名前を口の中で転がした。






2013.10.28
さらっとイケメン。

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