季節は春、この時期にしては日差しが強く気温は高めだ。
は手元の一枚の用紙に視線を落とし周りを見渡した。
生徒で溢れる此処は神奈川にある学校の一つ、海常高校。

「男子サッカー部の入部希望者はこっち並んでくださーい!」
「マネージャー希望の人はこっちー!」

活気付くその声にチラリと視線を向けて、は再び視線を手元の用紙に落とす。
用紙に書かれた部活動紹介は既に目を通し終えた。
は用紙に書かれた案内図を頼りに目的部活動を探していた。

「男テニはそっち、女テニはこっちに並んでー!」
「本気で甲子園目指すなら大歓迎!」

賑やかだ。とても賑やかだ。そう思いながらは人と人の間をすり抜けずんずんと進む。
ここ海常高校は運動部がとにかく熱い。厚い。暑い。
右を見ても左を見ても並ぶ看板は運動部ばかりだ。

「こっちか」

運動部の賑わいの奥には控えめな勧誘文句を叫ぶ姿。
の目的は其方であった。

「すみません、入部希望なんですが」
「あ、はい。じゃあ、ここにクラスと名前の記入お願いします」
「分かりました」

華道部入部届と書かれた用紙には戸惑い無くペンを走らせる。
書き終え、それを目の前の先輩へと差し出せば彼女は微笑み受け取る。

さんね、来週の月曜日に顔合わせするから華道部の部室まで来てもらえる?」
「…えっと、部室って何処ですか?」
「ほーらな!やっぱりこう言われるんだよ。放課後教室居てくれれば良いよ!」

の問いに答えたのは目の前に居た先輩では無かった。
ひょいとの入部届を取り上げた男子生徒は、癒奈のクラスを確認してにこりと笑った。

「どこ行ってたのよ、佐久!」
「んー、運動部の入部希望者の数を見に行ってた」
「そんなの今すんな!」
「良いじゃん暇なんだしさ!」
「良い訳無いでしょ!今日は新入部員確保しなきゃいけない大事な日だって言ってんでしょ!」
「それは分かってるけどさ、入部したい人は俺が居なくても入部するって」
「そりゃそうだけど、それじゃ間に合わないから今日は絶対に居ろって言ってんの!何度目よ!」

完全に蚊帳の外になっているなと思いつつ、は無言で二人のやり取りを見詰めた。
最初に対応してくれた女子生徒は長い髪をポニーテールでまとめ、迷っていたら思わず助けを求めたくなる、つまり優等生に見えつつも明るさもあってクラスの人気者でリーダーになりそうなタイプ。
そして、入部届を片手に顔を顰めるのはの印象だけで言えば――イケメンだった。
話の内容からして彼も華道部の先輩にあたるのだろうとは推測する。

「…あ、ごめんね――さん?」
「あっ、ごめん!えっと、そうね、とりあえず当日は私達が教室まで行くから待っててもらえる?」
「分かりました」

の存在を先に思い出したのは男子生徒だった。
それに続いて女子生徒も申し訳無さそうに謝罪を述べ、簡潔に要件を伝えた。

さんは花の経験あるの?」
「いえ…、」
「そっか!んじゃ、俺がビシバシ扱いてやるな!」
「笑顔で新入生脅すな!――大丈夫だから、部長は私だし一緒に少しずつ覚えましょ」
「はぁ…」
「ははっ、冗談だから!俺は副部長の佐久創(サク ハジメ)っつーの。宜しく」
「私は吉山このみ。詳しい自己紹介は今度改めてするから、兎に角来週月曜日の放課後は教室で待っててね」
「はい、分かりました」
「うん、それじゃあ月曜日に!」

はパイプ椅子を引き立ちあがった。
目的は果たせたことだしとは再び運動部の方へと踵を返す。

「――よね!」
「うん、ヤバい!」
「行く?」
「…行こうか?」
「よしっ!」

擦れ違った三人の女子生徒は同じ新入生だった。
は、少しだけ振り返り彼女たちを視線で追った。

「同じ部活か」

三人が華道部の前で騒いでいるのを見て呟いた。
笑顔で歓迎する吉山と佐久の姿を確認したところで視線を戻して賑やかの運動部の空間へと足を踏み入れた。

「ねぇ、君!」
「…はい?」

あと少しで部活勧誘の空間を抜け出すと言うところで声をかけられは足を止めた。
何故かやや興奮状態の男子生徒を目の前には思わず警戒する。

「マネージャーやんない?男子バスケ部の!」
「いえ、私は華道部入るんで」
「華道部?――ああ、佐久のところか…」
「このっアホ!誰彼構わず声かけんな!」

効果音があるならゲシッ!だなと跳び蹴りした男子生徒を見た。
蹴られた男子は髪を整えると、キッと目を釣り上げた。

「誰かれじゃない!選んでいる!俺はいつだって真剣に選んで――」
「そう言う話じゃねーよ!――悪かったな!気にしなくて良いから」
「は、はぁ…」

跳び蹴りされたにも関わらず其れについては全く触れること無く力説を始めた男子に、もう一度蹴り出しそうな勢いで短髪の男子は叫んだ。
それから、力説を続ける男子生徒の首根っこを掴むとに視線を向けず謝罪の言葉だけを述べて立ち去った。





帰り道では同じ学校の制服を何人か見かけた。
今日は多くの学校が入学式であり、他校の制服もいくつも見かけた。
どれもこれも皺が無く、いかにも新品です。制服に着られていますと言う者ばかりだった。
そして、も例外なく制服に着られていますの人間だ。

「………」

電車に揺られ、席を確保していたはスマホに夢中だったが思った以上に乗車時間が長く見るものが無くなり視線を上げた。
いつの間に満席になったのか分からなかったが、自分の左右は勿論目の前も埋まっていた。
入学式でこれならばテスト期間なんかは座れないかもしれないと肩を落とす。
その時、こそこそと時に嬉しそうに騒ぐ女子高生の集団に気付いた。
一度目に付くと妙に気になってしまう。何がそんなに楽しいんだとはチラリと集団に目をやった。
何を話しているかは分からなかったが、彼女達がある一点に注目していることには直ぐに気付いた。

(ああ、あの人か)

視線の先を辿れば彼女達の騒ぐ理由が直ぐに分かった。

(同じ学校だわ。てか身長高そう…足長いし…)

少し離れた場所に座っている男子はと同じ学校の制服だった。
頭を垂れ、瞼を伏せ、イヤホンを付けておりその男子の顔はハッキリとは見えなかった。

(てか金髪って…関わりたくない、絶対に)

アナウンスが到着駅を告げ、は立ちあがった。
先程のイケメンは相変わらず眠っているのか頭は下がったままで、は目の前を通り過ぎ電車を降りた。





ずらりと並んだ内の一冊に手を伸ばし、引っ込めた。

「要らないかな…」
「取りましょうか?」
「っ…あ、っと…」
「お久しぶりです」
「うん、そうですね」

は隣に立つ男子の姿を観察した。
名前が思い出せなかった。知り合いだとは思う。

「黒子テツヤです、同じ図書委員会だった」
「あっ…て、いやその前に同じクラスだったで良くない?」
「覚えていない様だったので」
「…うん、ごめん、そうだね。そんなに目立つ髪色してるのに何故忘れていたのか自分で自分に疑問を抱くよ」
「いえ、慣れていますから」
「そうなの?…変なのー」

クスリと笑い、は改めて黒子の姿を見た。
同じクラスであったと言うことは、つまり彼も同じく何処かの学校の新入生なのだ。

「黒子君は何処の学校?」
「誠凛です」
「…東京?」
「はい。さんは――」
「海常だよ。毎日神奈川までって結構しんどいかもって一日目にして挫折しそうだよ」
「そうですか。態々遠い場所を選んだのはそれでも行きたい理由があるんじゃないですか?」
「…黒子君って何者?」
「僕ですか?」

の言葉に黒子は不思議そうに返す。

「あ、ごめん。気にしないで。よく分かったなーって思っただけ」
「そうですか」
「…黒子君、今日はもう暇なの?」
「ええ、入学式でしたので」
「じゃあ、ちょっとお喋りしない?」

いきなりの誘いにも黒子は素直に頷いた。
は静かに微笑み鞄を持ち直すと本屋を出た。





と黒子が選んだのは学生には有難いファーストフード店だった。
そして、二人と同じようにこの店を選ぶ学生は多く、テーブル席は満席だった。
と黒子はカウンター席に並び、道行く人たちに視線を向けつつそれぞれの紙コップに手を伸ばした。

「私さ、オープンキャンパスで海常の華道部に立ち寄ったんだ」
「はい」
「そこで見たのが、なんて言うか言葉では言い表せないんだけど凄かったの」
「………」

黒子は横目でその時を思い出しているのかうっとりとした表情のを見た。
彼女との出会いは中学三年のクラスメイトになったのがきっかけだった。
そして、同じ図書委員になり何度か話すようになった。
彼女は他の生徒と同様に影の薄い黒子の存在には気付かないことが多かった。
それでも話し掛ければ毎回驚きつつも、楽しそうに話を聞かせてくれるし、聞いてもくれた。
は黒子ほど本が好きでは無かった。ただ、図書委員ならなっても良いか程度の理由で選んだ其れが偶然にも黒子と一緒だった、それだけだった。

「高校選べって言われても何処も思いつかなくってさ。オープンキャンパス幾つか行ったりもしたけど、何を見たら良いのか分からなかったの。部活も別に興味無いし、大学とか将来の夢とかも決まってないから此処じゃなきゃ駄目なんだっての無かったの」
「多くの人はそんなもんだと思いますよ」
「だよねー。だから、友達と同じで良いかなーって思ってたんだよね」
「海常に行ったら変わったんですね」
「そうなんだよ。華道部の人の作品見てさ、何これー、こんなの人が作れるの?って感動?感心?そう言う感じになって、ちょっとドキドキしちゃったの」
「良かったですね」
「ははっ、良かったのかな?分かんないけど、でも、どうせなら此処で実際に作るの見てみたいって、そう思った」
「入部するんですか?」
「うん、今日入部届出してきた」

ズーッと残り僅かなのか音を立ててはジュースを飲み、黒子もつられるようシェイクを吸った。
はマネージャーに誘われたが嵐のように先輩が消えた話や、電車の中でイケメンを見た話を聞かせた。

「黒子君は何か部活やるの?」
「ええ、バスケを」
「へぇ!バスケやるんだ。初めて?」
「いえ、中学でもバスケ部でしたよ」
「マジで?うちって強かったんだよね?見たこと無いけどさ」
「ええ、強かったと思います」
「思いますって何?バスケ部に居たんでしょ!」

なんで知らないんだと笑うに、黒子は何も返さなかった。
そんな黒子に気付いたは少しだけ眉間に皺を寄せた。

「何か機嫌損ねちゃった?」
「いえ、そう言う訳では無いん――」

黒子は言葉を止めた。コツコツと目の前のガラスを叩く者が現れたからだ。

「なっちゃん!」
「―――っ!」
「何言ってるか分かんない!」

中学時代の友人である、なっちゃんこと奈津美がを見つけてガラスを叩いたらしい。
はガラス越しの友人の口パクにケラケラ笑い、ジェスチャーで外に行くことを伝えると紙コップと鞄を手に取った。

「黒子君も行く?」
「いえ、僕はさっきの本屋に寄って帰ります」
「そっか、じゃあまた会えたら話そうよ!」
「ええ、是非」

黒子の返事に満足して、はタンッと椅子から降りると紙コップをゴミ箱へ捨て店を出た。
それから直ぐに、黒子の目の前で奈津美と落ち合い、一言二言会話した後二人は揃って歩き出した。
黒子は小さく頭を下げた。ガラスの外に居るは小さく手を振っていた。






2013.10.27
急がば回れ、そんな感じの連載になるかと。

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