「ごめん」
「いや・・・好きな奴でも居るの?」
「私は・・・、」
「“テニスが恋人なんだ”ってね」
「えー!!マジッスか?マジでそう言って振られたんですか?!」
幸村の苦笑交じりの言葉に、後輩である切原は盛大に驚いてみせた。
事の始まりは、いつもの日課で集まった昼休みの屋上。
何て深い意味は無く、初恋はいつだったか何て切原が言い出したからだった。
「そうだよ」
「信じらんねぇー。それ嘘なんじゃ無いんスか?」
「俺も最初はそう思ったけど、彼女の目を見て、ああ、これは本気なんだって分かったよ」
それでも「信じらんねぇー」と繰り返す切原に、幸村は「有名なことだ」と呟いた。
その言葉に興味を引かれたらしい切原は口の中を占領する食べ物を素早く飲み込み「どういうことだ」と聞こうとしたが、それより一瞬早く別の場所から声が聞こえた。
「彼女の“テニスが恋人”発言は有名なことだ」
「なんスかそれ。俺初めて聞きましたよ」
「そら、赤也は二年じゃき」
「は?」
「俺らの間じゃ有名なんだよ、その彼女」
柳に続き、仁王に丸井と予想外も良い所からの発言に切原は疑問符を浮かべるばかりだった。
それに加えて「うむ、良い奴だからな」と頷いた真田に飲みかけたていたお茶を盛大に噴き出した。
「きったねぇーな!」
「さ・・さっ真田副部長まで知ってんスか?!」
「俺が知っていては可笑しいのか?」
あからさまな切原の動揺に、真田はむっと眉間に皺を寄せる。
「マジッスか・・・何者なんです、その人」
「何者って、普通の子だよ」
「そうじゃな、普通の容姿、普通の性格、テニスが大好き、あと鈍い」
「ああ、確かに鈍いかもしれませんね。それも彼女の良さですが」
嫌な顔一つせず丁寧に、そしてどこか楽しそうに説明してくれる先輩の言葉に切原は気を取り直し、パンを一口食べると首を傾げた。
「・・・それ聞いてる限り魅力あるんスか?幸村部長が惚れた理由わかんねぇ」
「何も惚れたのは俺一人じゃないさ」
「は?」
「ライバルが多いんだよね」
そう言って周りを見た幸村と目が合った者は意味深な視線を返してみせる。
「え・・・ちょっ、まさか・・・」
「お前の予想は当たっているぞ、赤也」
「ぜ、全員、告ったんスか・・・」
「俺は告ってねーよ」
「真田もだよね」
「うむ」
「私も好意は持ってはおりますが、付き合いたいとまでは・・・」
「告ってはいねぇけど、気持ちは一緒なんだろぃ」
鳩が豆鉄砲を食らうとは正にこの状況だと切原の顔を見て誰もが思った。
そんな彼の手からは食べかけのパンがポロリと落ちた。
「何なんスか、その人・・・」
「あ」
ガサガサと何かを探し始めた幸村に全員の視線が集まる。
そんな中、幸村が鞄の奥から取り出したのは震える携帯だった。
「跡部か、珍しい・・・もしもし?」
それだけでその場に居た全員がテニスのライバル校である氷帝学園の、跡部景吾だと分かった。
相手が相手なだけに、自然と聴覚が研ぎ澄まされその場には幸村の声だけが響く。
「ああ、構わないよ。・・・そう、じゃあまた改めて、うん、分かった。あ、そうだ、跡部・・・君も知ってるよね“テニスが恋人”の彼女。
・・・いや、調度話に出てきただけなんだけど。・・・ははっ、だろうね。んー、そうだね、俺はそのつもり。・・・ったく、ライバルが多いな。・・・ああ、それじゃあ」
【切】のボタンを押して、幸村は「今度、練習試合するよ、氷帝と」と簡潔に告げる。
コクリと其々に頷き、昼食を再開させたが一人だけ呆然とした様子で手を上げた。
「あの・・・、跡部さんも・・・知ってんスか?」
「ああ、彼女は有名だって言っただろ」
「マジ意味わかんねぇ」
何者なんだ、その有名な彼女とは。切原は本気で頭を抱えた。
「言わなかったんだな」
「・・・言えなかったのかもしれない」
「だが、」
「分かってる。彼女は・・・」
「いくら行方不明での死亡とは言え、生存者ゼロのあの事故だ」
「ああ、だけど、受け入れたくないんだ。彼女が・・・居ない、なんて」
昼休みも残り僅か。残っているのは幸村と、その話相手の柳だけだった。
静かに空を見上げ幸村は口を開いた。
「どこかで、彼女もこの空を見ているんじゃないかって・・・思ってしまうことがある」
「精一・・・」
「・・・行こう。授業が始まる」
澄み切った青空に一羽の鳥が黒く色を付けた。
「カラス・・・じゃ無いよね」
意味も無く眺めた空は雲一つ無く、真っ青だった。
そこに一羽の鳥が気持ち良さそうにやってきて、あの鳥何だろうなんて考える。
答えはきっと分からないままだし、すぐに考えてたことも忘れてしまうんだろうな。
「!これ、これー!」
「んー?」
「はい!」
友人の声に空から室内へと視線を移し、溢れんばかりの笑顔で差し出された紙袋に私は首を傾げる。
小さめの紙袋の中身をどうやら私に渡したいようだが、今日は誕生日でも無いし一体なんだと口にすれば「読んで」と一言。
「本?」
「そう、私の愛読書。にも読んで欲しいの」
「ふーん、・・・テニスの、王子様?」
中身を覗くと背表紙が見え、そこに書かれた文字を読む。
聞いたことはある名前だ。
「そう!イケメンいっぱいだから是非読んで」
「そこが大事なの?」
「そこが無くしては読めないかな」
「・・・ああ、そう」
素直に、イケメンが出るらしい漫画を受け取ると私は鞄の中へとそれを仕舞い、お弁当を広げ始めた友人に合わせて己の弁当も取り出した。
「それに出てくる学校ね、いっぱいあるんだけど」と話を始めた友人に、今日の昼はテニスの王子様に出てくるイケメンの話で潰れると確信した。
コメディー番組をBGMに、私はベッドへ転がると昼に借りた漫画をまとめて袋から出し、一巻を開いた。
貸してくれたのは三冊。読んでしまおうと、決意した。
「生意気な主人公だ。好きだけど・・・」
一冊目を読み終えての感想だった。
主人公は、なかなか生意気な少年だけど正直好きなタイプだ。
実際に居たらどうかは別として、ツンデレって奴だなと私は一人納得する。
そして、二冊目へと手を伸ばした。
−−−った!・・・・・メで・・−−ソッ・・・!
「・・・ん?」
空耳か?何か聞こえたような気がしたんだけど・・・。
テレビを見れば、映画が始まるようで予告が流れていた。
「テレビか・・・隣の部屋かな」
所詮は壁一枚で区切られた空間だ。隣の音が聞こえることは珍しく無い。
私は、気を取り直してテニスの王子様を読み進めることに専念した。
「どうだった?!」
「面白かったよ」
「本当?!流石、!」
「流石って・・・」
朝一、学校へ到着すると駆け寄ってきた友人は目を輝かせた。
そして、昨日のデジャブだ。再び紙袋を差し出した。
「はいっ!」
「・・・なんか、でかく無い?」
「10冊!」
「え・・・」
「今日、午後無いじゃん。だから、読めるでしょ?」
「今日中に読め、と?」
「なら出来る!そして、私と語り合お!」
確かに今日は午前だけで授業は終わる。だから、昼食も持っては来なかった。
大学生の特権とでも言うのか、午後がフリーと言うのは非常に有難い。
だからこそ、午後から自由の身である今日は買い物にでも行こうかと思っていたのに、友人から課せられたのは10冊のマンガを読むと言う何とも素直に喜べないものだった。
「じゃあ、明日、感想楽しみにしてるよー」
「・・・りょーかい」
「ばいばーい」
「ばいばい」
手を振り別れ、私は自分家の方向へと歩き出す。
その手には、ズッシリと指に食い込む重さの漫画の入った紙袋があった。
「読みます、か」
昼食を済ませ、一息吐いたところで私は存在を主張する漫画達を見遣り気合いを入れた。
ベッドに寝そべり、昨日の続きとなる4巻を手に取った。
「・・・懐かしい」
読み進める内に何度か呟いた言葉に、私は気付かなかった。
−−−っ・・・!
「何?!」
まただ、何か聞こえた。
今日はテレビはついていない。隣だって、まだ帰っていない。
ーーーさ・・・・−−ますか?
「・・・何?」
・・・った!・・・−−−様。
「・・・何処、から・・・」
ピクリとも動かず視線だけを素早く動かす。
何も居ない。
−−−様!
「っ!」
ビクリと大きく体が揺れた。
まるで頭の中に直接話しかけてくるように響いた声に思わず天井を見る。
そこにはいつもと変わらない蛍光灯があるだけだ。
−−−落ち着いて下さい。驚かせるつもりは御座いません。
「誰?!」
−−−漸く繋がった!
−−−来たか!
「何?何なの?何処に居るの?」
−−−これで戻れる!
−−−よし、急げ。次は無いかもしれん。
−−−はい!
「何・・・これ?」
−−−接続!!
ドンッと大きな衝撃のようなものを感じ、思わず目を閉じた。
「せやから、架空の恋人の話はもうええですって」
「ちゃうわ!なんで架空やねん!」
「架空でしょ。メールも返ってこぉへん。電話も繋がらん。やっぱり謙也さん、変人やったんですね」
「なんでやねん!」
部室のドアノブに手を掛けた白石は、中から聞こえる騒がしい声に片眉を吊り上げた。
軽い溜息を吐いて、その手を回せば簡単にドアは開き、声の主が姿を見せる。
「声、丸聞こえやで」
「謙也さんがうっさいから」
「俺だけちゃうやろ!」
「いや、お前や」
一刀両断。スッパリと白石が言い切ればウッと押し黙った忍足に財前はハンッと鼻で笑った。
そんな二人に「原因は?」と視線だけで告げれば、「架空の彼女っすわ」と財前が口を開く。
「架空ちゃうわ!」
「なんの話や?」
「謙也さんの妄想の中の架空の彼女」
「ちゃう言うとるやろ!」
「やって、メールも返ってこぉへん、電話も」
「それ、あの人のことちゃうやろな?」
財前の言葉に被さって白石は呟いた。
普段、人の話を最後まで聞く白石には珍しいことで、思わず財前は口を閉ざし白石を見遣った。
「せや」
「いつお前の彼女になってん」
「いや、彼女とか言うてへんし」
「・・・ああ、そう言えば好意寄せ取る相手でしたね。忘れてました」
「お前の所為で話ややこしくなったんやで!」
「否定せぇへんのが悪いんですわ」
「あのなぁ!お前は、いっつもいっつも俺が」
「ちゅうか部長も知ってる人なんです?」
怒りを露わにする忍足に目もくれず、興味津々ですと言わんばかりにジッと視線が寄せられ白石は肩を竦めた。
と同時に、バンッと盛大に開かれたドアに三人の視線は集まった。
「・・・な、なんや?何やねん」
何とも言えない三人からの視線に、怪訝に顔を顰めてみせた一氏は「お前ら何で着替えてへんのや」と続ける。
そう言われて、白石は鞄からジャージを取り出し始めた。
「ああ、ユウジも知っとるわ」
「は?何がや?」
ドアを閉め、自分のロッカーへと歩み寄った一氏は顔を白石の方へと向けたが相手は、上着を脱ぐ最中で視線は合わない。
周りを見れば、その言葉は財前へと告げられたことなのだと察したが、何の話なのかが分からなかった。
「“テニスが恋人”」
「・・・ああ、あの人か」
「それだけで分かるんです?」
白石の一言に、一氏が納得したとばかりに頷けば、財前は明らかに驚いて一氏を見た。
続きを施そうと口を開いた所で、再び部室のドアが開きゾロゾロとやって来たのはレギュラーメンバーだった。
小春に石田、小石川に続いて、「ほんまに?!」と目を輝かせながら入室したのは遠山で、最後に千歳に背を丸めドアを潜った。
「ん、こん前ふらっと散歩しよったら見つけたばい」
「めっちゃ行きたいわ!今度連れてってな!」
「良かばい」
優しく微笑んだ千歳に遠山は大きくガッツポーズをして見せた。
それぞれが、挨拶を交わし着替えを始めると部室はガヤガヤと騒がしくなった。
「“テニスが恋人”の人って何なんです?」
「興味津々やな」
「そら、一応・・・気になりますやん」
「あの人はなぁ、テニスがめっちゃ好きやってん」
「あら、もしかして・・・」
「せや、あの人の話や」
「・・・もうすぐ一年やな」
説明を始めようとした白石に聞き耳を立てていたらしく、ひょっこり割り込んで来たのは小春だった。
これだけのワードで特定出来てしまう人物とは一体何者なんだと財前は益々興味を持ったのがだ、更に続けて話に入って来た人物に言葉を失う。
「・・・師範も知ってはるんですか?」
「うぬ」
「誰の話や?!」
「金ちゃんは知らん。・・・ちゅー、ことは千歳先輩も・・・」
「いや、知っとるばい」
「知っとるんか、千歳?!」
「まぁ、あん人はテニスがあればどこでん現れらすけんね」
「・・・確かに」
「お前ら・・・あと3分で部活始めるで。急ぎ」
鶴の一声。部室はシンッと静まり、ガタッゴンッなどと何かと何かがぶつかる音が何度か響いた。
結局、分かったのは一つだけじゃないかと財前は表情を曇らせた。
「テニスが好き、それだけやん」
「優勝おめでとー!凄いよね、日本一だもん!一年間の努力って言うか、そんなもんじゃ計り知れない努力が此処に集結して、その一番が決まったんだよね。
運も実力の内って本当にそうなんだなって試合ばっかりで、もし一瞬でも何かが変わっていたら色んな事が今とは違ってたのかなとか思ったりしてさ、不思議。
四天宝寺との試合なんて特に凄かったし、あっちは白石君まで試合無かったからさ、もし試合してたらって考えると・・・見たかったなぁ」
「もしは無い。今が全てだ。俺達が優勝した」
「・・・そうだね。強かったよ、立海」
ただの嫉妬じゃないかと己を恥じた。
彼女はただ単純にテニスが好きで、もっと試合が見たかったとそう言いたいだけなのだ。
分かっているのに・・・、俺達では無い誰かを見たいとしている彼女に己の嫉妬を止められなかった。
「終わったのかー。寂しいな」
「恋人が居なくなったような気分か?」
「ん、そうなのかな・・・」
「それなら、来年また見にくれば良い。俺達は今から来年へ向けてまた動き出す」
「・・・今から、か。柳君達には休息って無いの?」
「テニス馬鹿だからな」
「そっか」
嬉しそうに笑った彼女に、練習試合で良いなら見に来れば良いと提案すると予想通り「部外者が行くのは・・・」と難しい顔をした。
そこに「構わないさ、邪魔しないのは分かっているから」そう微笑みを向けたのは精一だった。
「じゃあ、お邪魔させて貰うかな」
「約束なり」
「ん、ありがとう」
次の日から俺達は次の全国へ向け練習を始めた。
「海外旅行行ってくるよ。で、テニス見てくる!」
ある日、偶然にも買い物中の彼女に出会うと彼女は言った。それに対して「楽しんでくると良い」と言ったのは俺だ。
それから暫くして、朝食を摂っている際に俺は誤って茶碗を落としてしまった。
「珍しいわね。不吉なこと起きないと良いけど」と母が驚いたが、静かにその割れた茶碗へと手を伸ばした。
「次のニュースです。昨夜、××航空708便が原因不明の事故により墜落。現在、生存者は確認出来ていません。
尚、搭乗者リストには数名の日本人の名前が含まれており、現在も消息は掴めない状況となっているようです」
「・・・見つかると良いわね」
母の言葉で吸い寄せらるようにテレビ画面へ視線を向けるとそこにはニュースキャスターが話していた数名の日本人の名前が表示されいた。
俺の手から、集めた茶碗が零れ落ちた。
「嘘だろ・・・」
「・・・先輩っ、柳先輩!」
「・・・っ、なんだ、赤也」
「なんだ、じゃ無いッスよ。俺とダブルス組んで下さい」
「ああ、分かった」
「・・・大丈夫ッスか?」
「問題無い」
いつの間にか目の前には見なれた赤也の姿があった。
急にこんな事を思い出したのは昼間の話のせいだろう・・・。