朝からは忙しなく動き回っていた。
いつもよりもずっと早く起き、いつもより早く家を出る。
学校へは普段よりずっと早く到着したが、其処には既に生徒の姿が見受けられた。
正門の飾り付けから始まり、校庭では幾つかのテントが設置され、校舎へ足を踏み入れ上履きを履き校内の一番大きな掲示板へ目を向ければ其処には鮮やかな掲示物が幾つも貼り出されている。
は真っ先に部室へと向かい静かにその扉を引いた。

ちゃん、交代するよ!」

背を向けて居た扉の開く後に遅れて聞き慣れた声が耳に届く。
は手元から視線を上げ、声の主を見た。

「交代の時間?」
「そうそう、朝からお疲れ様ー!」
「…集中してたから時間経ったの気付かなかった」

言いながら壁掛け時計に目を向け、自分が朝から六時間も閉じ篭っていた事に気付いた。

「何か食べたりした?」
「ううん」
「え…お腹空かなかったの?」
「…今急激にお腹空いてきたかな」
「ははっ…ちゃん集中力凄いねー」
「自分でも吃驚してるよ」
「そーなんだ。ちゃん今日の仕事終わりだっけ?」
「あー…うん。そうなったね」

は掲示されたシフトを視界に捉え昨日の佐久の言葉を思い出していた。

ちゃん」
「はい?」

文化祭を明日に控え、生け花体験の準備を黙々と熟していたに声が掛かる。
掴んでいた鋏を置き振り向けば其処には大きなバケツを担いだ佐久が居た。

「明日さ朝から十二時半までぶっ通しでいける?」
「――…大丈夫です。クラスでは特に屋台とかしないので」
「ホント?助かる。んじゃシフトちょっと弄るから後で確認しておいてー」
「分かりました」

バケツを軽々と担いだ佐久はの返事に満足そうに微笑み、「鋏気を付けなよー」と軽い口調のまま立ち去った。
その背中を見送りは準備に戻り、それから一時間程すると部長が前日の準備は此処までだと告げた。
は佐久に言われた通りに明日のシフトを確認するためにホワイトボードに目を向けた。

「…あれ」
さんは午前はみっちり頑張って貰うから代わりに午後は文化祭楽しみな」

の背後にひょっこりと姿を見せた佐久はうんうんと頷きながらシフト表を眺めていた。
そんな佐久の言葉を聞きながら、部活動中に佐久がの名前を呼ぶときは必ず苗字なんだなと気付いた。しかし、としてはどちらでも気にする事でも無かったのでその事は忘れて口を開いた。

「え、でも…」
「もうシフトは変更出来ないよ。明日は当日だし帰っちゃった奴も居るからね」
「良いんですか…午前だけで」
「うん、朝と昼と夕方に一時間半ずつだと文化祭楽しめないっしょ。海常での初めての文化祭楽しんでおいでー」
「…有難う御座います!」

てっきり生け花体験に出る時間が増えたと思っていたは、まさかの午後から完全フリーと其の佐久の心遣いに素直に頭を下げた。
これが昨日の話であり、本日加奈はその昼間での任務を無事に終えたのである。

「かなり他校の人とか居て賑わってたし楽しかったよー!」
「そうなの?何か食べたりした?」
「うん、焼きそばとクッキー食べたよ。美味しかった!」
「良いね良いね!私も何か食べよーっと」

ご飯の話をすれば空腹に拍車がかかり、は朝から放置していた鞄を漁り海常高校文化祭と書かれた冊子を引き出した。

「一年生、片付けお願い――あ、交代の時間か」
「はい、私代わりますね」
「うん、宜しくねー。」

まさに今、生け花体験が行われていた教室から達の居る準備室に顔を出したのは部長である吉山だ。
吉山は教室へ向かって手招きをしてみせ、それに少し遅れて姿を見せたの彼は不思議そうに吉山を見た。

「ん、どうかした?」
「あんた抜けて良いよ。朝から休み無しでしょ」
「あ、そうだっけ?」
「朝からお疲れ。また最後に戻ってきてくれたら良いから」
「吉山部長が優しい…」
「あんたがいつもまともなら私だって優しくいられんの。さっさと行って来い」
「オッケー、吉山もちゃんと休憩取れよ」
「はいはい、分かってる」

面倒臭そうにも頷く吉山を確認して、佐久は「道具だけ片してくな」と再び姿を消した。
それから直ぐに吉山も昼御飯を調達してくると鞄から財布を取り出すと早足で立ち去り、残されたは片付けと準備の遣り方を簡単に説明する事にした。

「――こんなもんかな。あとは先輩から何か頼まれたりしたら其れを補助するような感じ」
「うん、分かった」
「じゃあ、私もご飯にありついてくるので宜しくね」
「オッケー!行ってらっしゃい」

明るい声に送り出され、は今日初めて人が溢れる校内を目にした。

「確かに多い…」

華道部の部室はどちらかと言えば人通りの少ない場所にあった。
文化祭だからと言っても此方側へ用事が無ければ態々立ち寄る場所でも無く、は予想以上の廊下を行き交う人の多さに呆気に取られた。
その時背後から聞こえた音にはっとした。

「おや…ちゃん」
「あ、佐久先輩」
「どうかした?」
「いえ、人の多さに驚いてただけです」
「…そっか、今からご飯?」
「はい」
「よし、じゃあ行こうか」

そう言って佐久はの背を軽く押すと、横に並ぶ様に歩き出した。
誰かと回る約束をしていた訳でも無かったは流される侭に歩みを進めるも、装飾されいつもとは違う姿を見せる校舎のあちこに興味津々だった。

ちゃんって祭りとか好き?」
「…そうですね、結構好きかな」
「だよね、目が輝いてる」
「いやっ!これは!!予想以上に校舎の様子とか人の多さに圧倒されて…!」
「良いじゃん良いじゃん。文化祭なんて楽しんでなんぼだよ」
「そ、そうですよね!」
「うんうん」

口元に弧を描く佐久には若干恥ずかしさを感じたが、楽しまずにいる方が勿体無いだろうと一人納得して持ったままで目を通していなかった文化祭の冊子を開いた。
まずは腹ごしらえをせねばと、カフェや屋台など食べ物を扱っているクラスや部活動を探し出そうと目を通していくも、カフェは勿論だが屋台のラインナップがどれもの好物ばかりで食べ物も名前を見ているだけで胃が早く食べ物を!と強く求め出す。

「おー!来た来たー!」

冊子と睨めっこをしていたはその声に顔を上げた。
少し見上げれば白いシャツを着た男性が一人立っていた。

「お待たせー!腹ペコなんだけど!」
「あ?何なの普通に客?」
「俺の当番三時半からだっつーの」
「マジかー!はいはい、んじゃ入れよ」
「おー、美味いもん頼むぜ。――ちゃん、ウチのクラス、入ろ?」
「…え、」
「昼食うんでしょ?ウチで食っていきなよ」
「…あ、…はい」

断る理由も無く頷いた瞬間、三年生の教室じゃないか!とは一気に後悔した。

「佐久と囚われのお姫様ごあんなーい!」
「ちょっ…」
「わらわは空腹じゃ!早く飯を寄越せ!」
「お前がお姫様やんなよ!」
「結構イケるだろ?」
「声がもっと高けりゃなー」

じゃれ合う様に教室へと入る佐久とその男子生徒に遅れを取らないようには深呼吸する間も無く三年生の教室へと踏み込んだ。

「………え、これって…」
ちゃん、座って座って」
「あ、はい」
「はい、これメニューね。――ゆっきおくーん!」

教室に入ってが驚いたのはその装飾だった。当たり前に華やかに飾りが施されているのだがそれ以上に所々に見覚えのある雰囲気の花が飾られていた。それに気を取られたに構う事無く佐久は席に座るようにと施した。
案内された席は一番端で、更に壁際を勧められた為、幾らか緊張が解けてはほっとしてメニューを受け取った。
佐久の良く通る声のお蔭で注目されてしまったが、それはこの際忘れることにしようとは注文するものを思案した。

「お前なぁ!普通に呼べよ!」
「普通に呼んだら詰まんねぇだろ、俺ホットサンド二つ宜しく」
「あ?…ったく、ホットサンド二つな」
ちゃん決まった?」
「えっと…私も同じのを一つお願いし…あっ、えっと…同じクラスなんですね?」

選びきれないし佐久と同じものにしようと顔を上げて注文を取る生徒へ同じものをと告げたところでその姿に見覚えがあることに気付きは言葉を一度切った。

「そうそう、幸男君と俺はクラスメイトなんだよ」
「気持ち悪い呼び方すんなっつってんだろ…」
「…へぇ、そうだったんですか。もしかして森山先輩も?」
「森山ちゃんは違うね、ざんねーん」
「俺は森山とクラス交代して欲しいけどな」
「叶わぬ夢だぜ、笠松」
「…しばくぞ」
「で、ちゃんも同じのな。二つ?」
「いえっ、一つで良いです!」

おそらくいつものやり取りなのだろう。が二人のやり取りに内心焦るも二人は全く気にする素振りも見せず、当たり前の様に話は進んで行く。

「だってさ」
「ホットサンド三つな」
「お願いします…」
「……おう」

気の所為だったのでは無いかと思う位に一瞬視線をに向けて笠松は逃げる様にその場を去った。

ちゃんと笠松の距離は少ーーーしだけ縮まったのか」
「そうなんですか?」
「そうだと思うよ」

にこにこと笑顔を絶やさない佐久には「そうなら嬉しいです」と呟く様に返した。
それからサンドウィッチが届くまでの時間、は教室の装飾について佐久に訪ねた。

「そう、花は俺がやったの。部活の方もあって当日あんまりクラス手伝え無いから代わりに装飾を昨夜と今朝やったんだよ」
「昨夜と今朝って…佐久先輩何時に学校来たんですか?」
「ん?…秘密」

ハートマークでも付きそうなその口調には諦めの息を吐いた。
しかし、装飾された花を指差しあれはどうやって作ったのかと問えば佐久は快く教えてくれるのだから本当に憎めない先輩だとは心の中で笑った。







2015.02.02
キャラほぼ出てない…次には出せるはず!

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